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十市はそのまま逃亡を図ったが、程なく追手に追いつかれあえ無く御用となった。彼と行動を共にした連中も次々とお縄に掛かり、取り調べが進む中、事件の全容が明らかになった。
黒幕は、老中上地氏であるらしい。
大殿と若様を亡きものにした後、自らの縁者の中から後継者をでっち上げ、藩ごと乗っ取る謀略だったようだ。
本来であれば地位に関わらず、上地氏も白洲に引きずり出して首を刎ねるべきところであるが、かえって家中に禍根を残す結果になりかねない。
そう懸念した若様は、そっと事件に蓋をした。
下手人である十市らすらも藩外追放を条件に放免し、事件そのものを闇に葬ったのである。
「人は皆、生まれながらの悪人はおらぬ。やむにやまれぬ事情から、悪事に手を染めてしまっただけだ。付け入る隙を見せた我ら親子にも非はある。大いに反省せねばならん」
若様はため息を漏らした後、
「お主も……すまなかったな」
とキヨの上腕についた傷を、愛おしそうに撫でた。
「いえ……とと様に言えば、すぐに直して貰えますので」
「体の痛みはなくとも、我が身を傷つけられる心の痛みに変わりはあるまい。すまぬ」
キヨがからくり人形であると知っても、若様は一言も責める事なく、かえって謝罪の言葉を繰り返した。
「そ、その……私からご提案があるのですが、私に御用人や側衆といった違うお役目を命じてくださいませんか。キヨはもっと、若様のお役に立ちとうございます」
若様の優しさに胸を打たれ、キヨは自らそう願い出た。
御用人として帯刀を許されれば、今よりも表立って若様の警護につける。若様がもう二度と恐ろしい目に遭わずに済むよう、全身全霊でお守りしよう。そう考えたのだが――
「そうだな。キヨには違う役目を申し付けよう」
ふっと笑って、若様は言った。
「キヨは、わしの妻になれ」
思いがけぬ言葉に、キヨは耳を疑った。
……妻? からくり人形の自分が、妻になる?
「そ、それはっ……いけません! この体では、何も妻としての役目を果たす事が……」
「一番側にいて欲しい人を、妻にしたいと願うのはいかんのか?」
感激のあまり、言葉がない。
「あまり気は進まぬが、子を求める事も、男として満たす事も、いくらでも他に求める事はできよう。しかし、キヨはキヨ一人しかおらぬ。わしが側にいて欲しいのは、お主一人しかおらんのだ。これからもずっと、わしの側にいると誓ってくれぬか」
優しい笑みを浮かべ、若様は両腕を広げた。キヨは涙をぽろぽろ零しながら逡巡したものの、意を決してその胸に飛び込んだ。
「若様……キヨは幸せ者です。本当にこのようなからくり人形で良いのですか? キヨは……キヨの体は、固うございましょう?」
「キヨは……温かいな。心も体も、誰よりも温かい。こうしていると、わしの心まで温うなる」
「若様……若様ぁ……」
キヨは若様の腕の中で、小さな子どものように泣きじゃくった。
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