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嘘つきは政治家の始まり
「本当に、ありがとう」
その日の夜、私はビールを飲み交わしながら山村君に深々と頭を下げた。
「いいってことよ。いやぁしかし、ハッタリをかますのも大変だったよ」
「え?ハッタリ?」
アルコールが回って饒舌になった山村君からでたハッタリの四文字に驚いた私は思わず訊き返した。
「あれ?あ、言ってなかったっけ?今日の説明会の話、ほとんどハッタリだったの」
「え?あの中身嘘だったの?」
再度私が問うと、山村君は真っ赤な顔でニッコリと笑いながら深く頷いた。
「どこが嘘だったの?」
「どこもここもないよ。グループホームと地価の関係なんて論文はどこにもないし、なんならヨーテルタウン大学もニセモノの大学。スコッティー教授なんて、地球上に、いませーん!」
「はぁ?」
私は空いた口が塞がらない。
「だとしたら、あの論文は?あのグラフは?」
「あ、あれ?あれはねぇ、この文章を適当な言語に翻訳したらああなったの」
山村君は僕にタブレットの画面を見せてきた。するとそこにはこう書かれていた。
「おいしいカレーライスをつくるときにはぜひ煮込むときにトマトジュースを使ってください。トマトジュースには世界三大旨み成分であるグルタミン酸が多く含まれているので、カレーの味が一気に深くなります」
地価も、グループホームも、出てきていない。こんな適当な文章を見せていたとは……。
「じゃああのグラフは?」
「あれは、トマトジュースを入れた割合と旨み成分の量との関係をグラフにしたものだよ。右肩上がりだっただろ?金のことしか頭にない人は、逆に金のことに気を取られすぎてコロッと騙されたりするんだよ」
山村君はなおも饒舌に語る。
「……いいのか?こんなことして……」
「いいんだよ。もともと金のためにグループホーム反対運動を起こしていたんだ。それこそ誹謗中傷レベルのファクシミリを送ったりもしてさ。そのことがSNSでもしばら撒かれでもしたら、炎上してダメージを受けるのはむしろ彼らの方だ。相手は下手な手は打てない状態にはなっているよ」
「よく考えているなぁ……」
私は思わず舌を巻いた。
「ただ東条君、お前はこうやってハッタリをかますのはやめろよ。お前は誠実に利用者さんと向き合うんだ」
山村君はそう言い、私の肩をポンと叩いた。
「東条君は何も知らない。私が勝手にホラを吹いた。親父が言ってたよ。嘘つきは政治家の始まりだって」
酔いが回っているのか、山村君はそう言って高笑いした。
「でもな、親父はこうも言ってた。政治家が嘘をつくのは、本当に世のため人のためになると思ったときだけだとな。自分の欲と保身のための嘘だけは絶対についてはいかんっていつも言ってたよ」
ここまで言ったところで、山村君のとろんとした目が凛々しくなった。
「本当に困った人のために汚れるのが私の仕事だ。東条君は、東条君の仕事をバリバリやってくれ。私はお前を、信じている」
そう力強く言い切る山村君に向かい、私は深く頷いた。
「さぁ、飲もう!」
山村君はそう言い、私のグラスにビールを注いだ。カチンと2つのグラスが重なり合う心地よい音が鳴り響いた。
【終】
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