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困った人、困っている人。
「一度会って話を聞きたい」
これが山村君の返事だった。私はファクシミリが届いてから2日後の土曜日、山村君の事務所を訪れた。山村君は中学校を卒業してから離れ離れになってしまっていたが、東京の大学を出てからしばらくして地元に戻ったあと県議会議員として務めているというのはニュースを見て知っていた。
「地域のために頑張ります 山村政雄」
大きな文字でこう書かれた建物の前にたどり着いたところで私は深呼吸し、ドアを開けた。
「すみません……昨日電話をした……」
「おぅ!ヒロくん、久しぶりだな。さぁこっちに座れよ」
ポロシャツ姿の山村君が事務所の奥から現れた。中学を卒業してから20年近くの時を経ても、フランクなやりとりは変わらない。山本君は私をソファーに促した。ソファーに座って壁を眺めると、山村君の広報用のポスターが貼られていた。キャビネットには「県政要覧」というラベルの貼られたファイルなどが並べられており、いかにも議員さんらしい部屋のつくりになっている。
ふと山村君のデスクに置かれた額縁に目が留まった。そこには
「嘘つきは政治家のはじまり 山村政史」
と立派な行書体で書かれた色紙が収められており、名前の下には真っ赤な判子も押されている。
「死んだ親父の名言だよ」
山村君が笑いながらコーヒーを2つ持ってきた。苦味はしっかりあるものの口の中にコーヒー豆独特の香ばしさが広がっていく。きっと良い豆を使っているのだろう。
「それで、相談というのは何だ?」
山村君がそう切り出してきたところで、私はカバンの中からファイルの封筒を取り出した。
「障がいを持つ方々のためのグループホームを創ろうとしていたんだけど、反対運動がかなり凄くて……」
「そうか、どれどれ……」
山村君は私が持ってきたファイルを開き、無言でひととおり眺めていく。『しゃいん』の理念、内容などが書かれたパンフレットから始まって事業所内部の写真などを山村君はじっくりと眺め、そして一通りファイルの書類を見終わった後に封筒の中身を取り出した。封筒の中身は、事務所に送られてきたファクシミリの数々だった。山村君がその心ない文面に目を疑っているのは面持ちを見ているだけで分かった。
「何とか反対運動を抑える方法はないかな?」
私は藁をもすがる思いでそう訊ねた。
「解決策は、ゼロではないだろうな」
山村君はそう言って立ち上がった。
「だけど、手を貸すには条件がある」
「条件?」
私はそう訊き返した。
「一度、東条君がやってるその『しゃいん』って作業所を見させて欲しい。そのとき、私が県議会議員であることは他の従業員にも、利用者にも誰にも言うな。それを見てから判断したい。週明けの月曜日にでもどうだ?」
首を横に振ると言う選択肢は追い詰められた私には残されていなかった。
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