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「何百万も何千万も損をする……果たしてそうでしょうか?」
山村君はそう言うと、私を含めたその場の全員にプリントを配り始めた。プリントにはアルファベットが羅列されている。読んでみた感じでは英語で書かれたものではなさそうだ。
「こちらはですね、世界的権威を誇るヨーテルタウン大学福祉学科のスコッティー教授の論文を抜粋したものです。こちら、黄色のマーカーが引いてある8行目から11行目をご覧ください」
その場にいる全員が黄色のマーカーの部分へと視線を落とした。
「この研究では、特定の地域においてグループホームが近隣にできた前後の地価の変動について記述されています。左下のグラフをご覧ください。右肩上がりのグラフになっていますよね?むしろ地価は上がっているんです。なぜだと思います?」
意外なデータを前に、参加者は皆ポカーンとした表情で山村君のことを見つめていた。
「障がいを持つ方が暮らしやすいようにと住民全体の意識が変わったことで、街全体のつくりが皆に優しくなったんですよ。その結果全員にとって暮らしやすい街づくりが行われるようになり、結果的にその地域全体の人気が上がったんです。そして結果的に地価上昇へとつながった。捉え方ひとつで、これは皆さんにとっても暮らしをさらに良くする大きなチャンスなんですよ」
参加者が皆しんと静まり返る中、山村君はなおも話を続けた。
「今までとは違って、これからは高齢者、貧困者、障がい者、少数民族……そんなものは関係なくみんなでひとつの社会を作っていく時代です。是非ここにお集まりの皆さんで、誰もが暮らしやすい街を目指してみませんか?そのためにも、ぜひこの東条さんが立ち上げたいと仰っているグループホームにご理解をお願いしたく思います」
山村君はそう言って、深々と頭を下げた。
「地価、下がらないの?だったら私、反対するのやめるわ」
「そうね。資産価値が下がらないのなら反対する理由はないものね……」
参加者の態度が一気に軟化した。
かくして、住民代表と私の間でグループホーム設立に関する合意書が交わされるに至った。合意書には住民側はグループホームの設立を容認する旨が記載され、またグループホーム側にも利用者や職員が住民に損害を与えた場合に賠償責任を負う旨などが記載された。
漸く、設立のメドが立った。
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