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無数のファクシミリ
木曜日の朝8時半過ぎ。私が「アクセサリ工房・しゃいん」の2階にある事務所に着いたときにはかなりの数のファクシミリが届いていた。留守電にも辛辣な非難の言葉や口汚い罵声が何件も録音されている。あり得ることだとは思っていた。だが、実際にこういう事態になってみるとやはり心は削られるものだ。私・東城博は深い深いため息をついた。「しゃいん」は障がいを持つ方々が勤務する福祉事業所で、正式名称では就労支援B型の事業所、一般的には「B型作業所」と呼ばれている。定刻になったら出勤し、上長や同僚とコミュニケーションを取りながら仕事をし、給料を貰って生計を立てる……社会人になったら多くの人が通るこのプロセスを何らかの障がいが原因で全うすることができない方々が、そのプロセスを少しでもできるようにするための訓練を行う場所だ。
「おはようございます」
8時45分、事務所のドアを開けて入ってきたのは、一緒にこの作業所を切り盛りしている西海渡だ。私は「しゃいん」の運営の責任者、西海は現場の責任者として働いている。私と西海、そして他に職員が2人の小さな事業所ではあるが、障がいを抱えた方々のひとつの居場所として、そして将来のためのステップアップのための場所として皆で精一杯切り盛りしてきたつもりだ。「しゃいん」ができてから3年。西海は本当に良く働いてくれている。事業が軌道に乗ってきたのは西海のお陰でもある。西海はデスクにカバンを置くと、10枚以上のA4用紙がまとまって置かれているコピー機の元へと歩み寄った。
「また来てるんですね……」
力ない西海の言葉を前に、私はため息をつきながら頷いた。
「安全な暮らしを奪うな」
「私達の地域にあんな施設は要らない」
送られてきたファクシミリの用紙には心ない言葉が並んでいた。
「このままだとグループホームの開所、難しいんじゃないですか?」
西海の言葉に対して私は返す言葉を持ち合わせていなかった。
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