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――来た。
私はこんもりと丸まったキャリーバッグをがらがら引きながら、駅の改札をまたいだ。後ろに、他の部員も続いている。宿の送迎バスはまだ到着していない。わたしは駅のロータリーのベンチに腰掛けた。
「部長、ここめっちゃ田舎っすねえ」
後輩の田中が言う。私とは真逆で、彼の荷物はそれなりの大きさのバックパックのみ。男の子って、なんで荷物が少ないのかしら。
「そうよ」
「でもなんかいいっすねぇ」
「でしょ?」
ここは海街だ。田舎だが流れる空気が澄んでいて気持ちいい。私は、今回の合宿先をここに選んで間違いはなかったな、と改めて思った。
「今日から二泊三日、小説漬けかぁ」
隣で小林が軽快に笑う。彼の眼鏡のフレームが太陽に反射してきらりと光った。
「バッシー先輩、俺と勝負しましょ!」
「いいけど。何の勝負にする?」
「制限時間内でのタイムアタック! お題は部長が決めるって感じでどうすか!?」
「面白そうだね、でも僕、負ける気がしないなぁ」
小林はにこにこと笑っていた。彼のタイピングスピードはとんでもなく速い。タイムアタックなら、彼はかなり有利になりそうだ。
「い~や! 俺だって負けないっすよ!」
対して田中は、独特の発想力や展開性を持つストーリーを描くのがうまい。内容で勝負するのなら、田中にも勝ち目はありそうだ。
「どうやって勝敗決めるの?」
小林が問う。
「そりゃ! 部長に読んでもらって、どっちの小説がよかったか判定っすよ!」
――なるほど、わたしの選択によって彼らの全てのプライドの勝敗が決定するわけか。これはこれは、責任重大な任務だ。
ブロロロ、とエンジン音が聞こえた。送迎バスがロータリーのカーブに沿って、ゆっくりと滑り込んでくる。
「さあ、行くわよ」
はーい、と二人揃って返事がかえってきた。東京から片道三時間。小説合宿が、ようやくはじまろうとしていた――。
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