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最後の戦い(2)ねこまんま
焚火の火も無視して、槐は疾風に突っ込んで行く。火傷も気にならないらしい。
「生意気なやつ!」
八雲が剥がそうとするが、首を絞めようとしている槐の力は、クスリのせいでとんでもない事になっている。
「離せ!」
狭霧が槐の手首に斬りつけると、疾風を掴む手が緩んで疾風が咳込むながら逃れる。
「小僧が!!」
槐は代わりとばかりに、狭霧の首を掴んで持ち上げて行く。
楽しんでいるのか、見せつけているのか。じりじりと足先が地面を離れていく。疾風と違い、狭霧の腕力では、首を絞めるのを阻止するだけの力はない。
焦った疾風と八雲が攻撃しようとするが、クスリをきめている槐には、痛みもないし恐怖もない。
狭霧の足が泳ぐようにバタつき、大きく振れた――と、つま先が耳に届く。
「ギャアアア!!」
耳にキリが刺さったので、流石に槐も痛かったらしい。力任せに狭霧を放り出す。
その際に、草鞋に仕込んでいたキリが外れ、槐の耳に残った。
「死ね!」
八雲がそれを思い切り押しこむ。
槐は目を見開いてビクビクと痙攣し、ゆっくりと倒れて行った。
キリは耳孔から耳孔へと突き抜けていた。
「あ……あ……」
槐は失禁したらしく、染みが広がる。そして、電池が切れたように動かなくなった。
それを3人は、じっと見た。
「起き出さない?」
八雲が警戒しながら言うのに、狭霧は咳をして、教える。
「脳を貫通してるから、死んでるよ。痙攣と失禁が、生きるのに必要な働きをする脳が死んだ印だよ」
それで、疾風も八雲も大きく息を吐いた。
「大丈夫か、狭霧」
「うん。
でも、とれちゃったね。改良したつもりだったのに」
残念そうに言う狭霧だが、強がりなのは、手が微かに震えている事でわかる。
「良かった!兄ちゃんも狭霧も!」
八雲が泣き出し、狭霧も泣き出した。それで、疾風もホロリと涙がこぼれる。
だが、こうしてもいられない。
辺りを窺い、もう誰もいない事を確認する。
「おしまいかな」
「これで、自由なの?」
「もう、槐で最後だったんだよね」
「ああ。八雲、狭霧。ねこまんまに帰るぞ」
今度は3人で抱き合って、わんわんと泣き出した。
江戸のねこまんまは、今日も賑わいを見せている。
「いらっしゃいませ!」
「おう!無事に帰り着いたようじゃねえか」
無事に戻った兄弟を、常連客はほぼ皆がこのように言う。
あの後、急げば自分達の足なら伊勢に行けると、3人は急いで伊勢神宮へ出向き、お参りをして、取って返して来たのだ。
やはり伊勢参りに行くと言って出た以上、行った証明になる「伊勢神宮の神宮大麻」という札はお土産に必要だと思ったのだ。
そのほか、乾燥させた海産物などの持ち帰り易い土産物も買って来たので、常連客には、少しずつながら、それをお土産として定食に組み込んでいる。
「伊勢参りか。一生に一度は行ってみたいねえ」
富田がそう言うと、佐倉と狭間もその気になる。
「うむ。のんびりと行くのも悪くないな」
「ついでに京へも行ってみるか」
「だったら、西国三十三カ所もよろしいんじゃ?」
隠居仲間で、わいわいと相談をし始める。
「うむ。やはり、こうでないとな」
垣ノ上と文太も、久しぶりのねこまんまのご飯に機嫌がいい。
それをニコニコとして見ながらも客の間を駆け回る八雲と狭霧、調理場のカウンターから反応と盛り付けのタイミングを見る疾風に、織本は小さく頷いた。
「何か、変わったか?懸念が消えたような……」
小さな呟きを、狭霧の耳が拾う。
(やっぱり織本様は鋭い)
首を竦めながらも、何事もないような顔でいる。
「まあ、いいか」
「伊勢神宮の、ご利益のおすそ分けか!ありがてえ!」
職人が言うと、藩邸の武士も、皆関係なく笑顔になり、佐倉の音頭で湯飲みを持つ。
「乾杯だ!ねこまんまと、みなの健康に!」
「うまい飯に!」
「笑顔に!」
「乾杯!!」
ねこまんまは、今日も大入り満員である。
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