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「お帰りなさい。今日もお仕事、ご苦労様でした」  帰宅すると、いつものように妻の優しい声が迎えてくれる。この声を聞くだけで、辛い仕事の疲れも一気に吹っ飛んでしまうから不思議だ。これまで、何人かの女性とお付き合いをしてきたが、こんな風に心が癒される感覚を覚えたのは、妻が初めてだった。単に、美しい声をしているのも理由の一つなのだが、それ以上に何か僕を引き付ける魅力を持っていた。  つまり、僕はそれ程までに妻を愛している。 「ご飯の用意はあと少しで終わるから、先にお風呂に入ってください」 「ありがとう。ちょうど、泥だらけだからお風呂に入りたかったんだ」  僕は浴室へと向い、風呂に入った。  風呂は、ちょうど良い湯加減になっていた。熱すぎるのもぬる過ぎるのも苦手な僕に合わせて、この絶妙な湯加減にするのには、相当大変だと思う。それを平然とやれてしまう妻は、貧しい農夫である僕には、勿体ないくらいの女性であった。  風呂から出ると、美味しそうな匂いが部屋中に広がっていた。察するに、僕の好物であるシチューのようで、急いで席に座ると、いつものように美味しい食事と妻に感謝をしながら頂いた。  食事が終わると、明日も仕事が早いので、ベッドへ向う。妻より先にベッドへ潜り込むと、昼間に干していたようで、ふかふかでとても暖かかった。 「そろそろ寝ますか?」  食器を洗い終わった妻がベッドへ来ると、いつものように寝る前に、妻の顔を触らせてもらう。 「……ちょ、ちょっと。くすぐったいですよ」 「いいから、君のきれいな顔を触らせてくれ」  鼻筋から唇へ、頬から顎のラインを触り、妻の顔をまんべんなく触る。瞼を塞がれているため、妻の顔を見たことがない僕には、手から得られる情報と普段聞く声から、顔を想像するしかなかった。そのため、毎晩妻の顔を触るのが習慣になっていた。  きめ細かな肌と、頬から顎にかけてほっそりと尖るシャープなライン。鼻筋の通った高い鼻に、少し厚めの唇。妻の顔は、世界で一番美しい顔をしているに違いない。  こんな整った顔をした妻を独占している幸福感に、今日も満たされていた。 「……そろそろ、寝ましょう。明日も、早いのでしょう?」 「ああ、そうだな。愛してるよ、おやすみ」 「おやすみなさい」  いつものように、妻を後ろから抱きしめながら、僕は眠りに着いた。  その夜、僕は不思議な夢を見るのであった。
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