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「はい、どうぞ」 「……あ、ありがとう」  何事もなかったように、妻はテーブルに着き朝食を食べている。あまりの出来事に、運ばれたスープを見ながら硬直していた僕に、妻はさらに衝撃的な行動に出る。  食事をしながら、細長い指を鼻先へと伸ばすと、そのまま鼻の穴へと突っ込みほじり始めた。整った美しい顔を醜く歪め、何事もないようの鼻をほじる姿は、この世界で一番醜い生物のように目に映った。いや、美しい顔をしているからこそ、僕には汚物にしか見えない。  愛する妻の醜い姿に、僕の心が離れていった。   「今日のスープはお口に合いませんでしたか?」 「……な、なんでそう思う?」 「食事が進んでいないようですので……」 「あ、ああ、実は食欲がなくてね」 「そうですか……」  僕のことを思い、心配してくれる妻に感謝はするが、あのような醜態を見てしまった後では、愛情が湧いてこない。そればかりか、完璧に見えた妻の容姿に、若干不満を感じ始めていた。  少しだけ左に曲がった鼻が気に入らない。人差し指より、薬指の方が長いのが気に入らない。少し厚い唇から見える、黄ばんでいる歯が気に入らない。顎の先にあるホクロが気に入らない。  気に入らない、気に入らない。とにかく、目に入る妻のすべてが気に入らない。  僕の心は、完全に妻から離れていた。 「すまない。今日は忙しいから、早めに仕事に行ってくる」 「そうですか。今日もがんばってください」 「行ってくる」  妻の顔を見ることなく、僕は家を出て畑へと向かった。  家を出ると、透き通った綺麗な空が広がっていて、木々が生い茂った美しい風景が広がっていた。確か、空は青、木は緑色と言うのだったことを思い出し、美しいものに感動するが、その分醜い妻のことが頭にチラついて、不快感は拭えないでいた。  畑に着いても働く気になれず、寝転がって空を眺めていた。青い空に、白い雲が形を変え、何時間見ていても飽きることはなかったが、それでも妻のことを考えてしまう。死刑になるかもしれないリスクを負ってまで、僕が見たかったものはこれだったのだろうか。  そんな後悔をしていると、隣の畑の所有者であるベンさんが畑を耕しに現れた。  僕は、咄嗟に身を隠した。右目を開けたままだったので、万が一にもベンさんに気づかれたら死刑になってしまう。もちろん、瞼の塞がれているベンさんが、右目の糸が解けているのを見ることはできないのだが、小心者の僕は隠れることでその場をやり過ごすしかなかった。 「さーて、今日もがんばるか」  そう言って、ベンさんは手に持っていた桑の先を畑に突き刺すと、少し間を空けて両目へと手を伸ばした。  何をしているのか、興味本位で見ていると、ベンさんは行動に僕は驚いた。 「……め、目が開いている」 「……だ、誰だ。誰かいるのか!」  あまりの出来事に、思わず口に出してしまった。身を隠したと言っても、少し背の高い草むらに伏せている状態では、いずれ見つかってしまう。  どうしたものかと悩んでいたが、あることを思いついて、僕は立ち上がった。 「ベンさん、僕です」 「あ、あなたは、隣の畑の――」  ベンさんの言葉を遮り、僕は話を始めた。 「ベンさんも、瞼の糸を解いたのですね。僕も同じです。偶然でしたが、右目の瞼の糸が解けてしまって……。だから、安心してください。誰にも言いませんから」 「……」  ベンさんの警戒心を解く為、両手を広げてアピールをする。同じ大罪を犯していることを知れば、ベンさんも心を開いてくれるはず。なぜなら、ベンさんもまた同じ大罪を犯している以上、待っているのは死刑だからだ。誰だって、死ぬのは怖い。  それは、ベンさんも同じで、僕の言葉に耳を傾けてくれた。 「……ほ、本当かい?」 「ええ、本当ですよ。僕は味方です」  ベンさんの警戒心はすっかり解け、僕の命も助かったようだ。
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