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 『五感』という言葉を聞いたのは、ずいぶん昔のこと。今は亡き祖母が、幼少の僕に教えてくれた言葉。  昔の人は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚と言われる五感が備わっていたと、教えてくれた祖母。しかし、現代では視覚は封印され、残りの感覚を総じて『四感(しかん)』と呼ばれているのが常識となっていた。  この世界では、産まれたばかりの赤子の瞼を、特殊な糸で縫い合わせて、目を見えなくする風習が何百年と続いている。なぜ、こんな風習があるのかは知らないが、物心つく前から僕の瞼も縫い合わせられているため、それが当たり前のことで疑問に思ったことはなかった。当たり前に、何も見ることなく死んでいく。それが、この世界の常識。  僕自身、この目を使って何かを見たことは一度もない。花の香りや、柔らかな花弁を感じることはできても、それがどのような形をしていて、どのような色をしているのか、知ることはできない。それが、どれだけもどかしかったとしても、産まれてすぐに瞼を塞がれた僕には、受け入れるしか道はないと理解している。  それは、僕に限ったことではなく、この世界で生まれた誰もが同じであり、やはり当たり前のことなのだと思う。父や母の顔、大好きだった祖母の顔も、一度も見たことはなく、僕の人生は、一生暗闇の世界で終わる。  そう、思っていたのだが……。
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