第一章 坏の力  第1話 後継者

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第一章 坏の力  第1話 後継者

 呪術師たちが集う場所は、いつしかそこが住処となり、その地自体が神秘と言われる程、神聖な場所となった。  それは、呪術師たちの力が証明された結果でもあったのだ。 『望む事、全て、思いのままに』  そんな言葉をよく聞くようになった。  呪術師たちの住むこの森には、『主』と呼ばれる存在が立てられていた。  何にしても、どんな所であろうと、人が増えれば増える程、象徴的な存在を作る事は、その地を守る為に必要な事なのだろう。  そして……。  その存在が最終的な犠牲を被る事も、義務のようなものだった。  主という存在は、高い能力を当然求められるが、それと併せ持って犠牲になる事も厭わない存在だ。  犠牲とは言っても色々あるが、最終的には『己の死』だ。その命を引き換えにしても、という事だ。  高い能力があるからこそ、犠牲になっても他の者より苦痛は少ないとでも思えたのだろうか。  だけど、その覚悟を持たない者は、高い能力があったとしても『主』にはなれない。  だからこそ、我が先、となって『主』に成り代わろうなどという者は現れなかった。  それが、この呪術師たちが住む森の秩序が保たれている証とも言えるのだろう。  咲耶と共に主の家の中に入った。  主は、椅子にゆったりと腰を掛けている。  灯りを一切つけず、窓から入る月の光がその姿をぼんやりと浮かび上がらせていた。  俺はその姿に近づき、目の前に立った。咲耶が俺の後ろに立つ。 「貴桐……お前も二十歳だ。そろそろ……」 「自分の力の限界だとでも思ったか?」  俺は、不機嫌にも主の言葉を遮って答えた。  長老でもある今の主は、もう表に立って何かをするという事はなくなった。  ただ家の一室を置き座に、敬われるだけの存在だが、もし本当にその力がなくなってきたというのなら、その死期も近いのだろう。  後継者選びは主の一言で決まる。  その後継者に俺を立てたいのだろう。  後継者は血族からではない。血族だからといって、その能力を引き継いでいるとも限らないし、信念や思考がその家の情などに左右されないようにする為だ。  俺の反抗的にも思える態度にも、主は穏やかに笑った。 「だから……お前だと言っているんだよ、貴桐」  ……この人は、優しい人だ。  主という存在が当然ともいえる、大きな人だ。それは心も、持っている力もだ。偉大という言葉がよく似合う。  そんな人が俺を後継者に指名するという事に、俺は嬉しくもなんともなかった。  指名された時点では、認められたという事が大きく言葉に浮かぶところだが、後継者の話が出た時点で、今の主の死は近いという事がはっきりする。  俺は、ゆっくりと瞬きをすると、主を真っ直ぐに捉えた。 「……嫌だ……と言ったら?」  主は、静かにふっと笑みを漏らした。やはりその笑みは穏やかだった。  そして、俺と同じようにゆっくりと瞬きをすると、俺を真っ直ぐに見て口を開く。 「『坏は満ちた』後は……流れて零れ落ちるだけ……それを掬わなければ、全てが地に沈む」  俺は、その言葉に窓の外へと目が動いた。  ……宿木。  窓から見える大きな木の枝に寄生する木。  その木の枝も枝分かれし、月の光を掬おうと手を伸ばしているようだ。 「あれが……私の力だ。貴桐……お前は、黙って沈みゆくものを眺める傍観者になれるか?」  主は死期を察している。  その意味も含めて、俺に傍観者になれるのかと問う。  この……目の前の姿が、言葉を発する事も、動く事もなくなるその時を、ただ黙って他人事のように眺めるだけかと言うように。 「……傍観者? 俺が、か?」  俺は、クッと肩を揺らして笑うと、こう答えた。  主は、俺の言葉に満足そうな顔を見せた。 「冗談だろ。全部掬ってやるよ」
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