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「君はさっき学生の頃、ラクロスやってたって言ったよね。そのときの背番号は19番だったでしょ」
「正解よ、どうして分ったの?」
「これは話すと長くなるんだけど、かまわないかな?」
「全然かまわないわ。美味しいワインを嗜みながら聴くわ」と赤ワインのグラスを傾ける。
2年ほど前にね、奥多摩の山奥にある旅館に行ったんだ。1人で心を癒すためにね。
なんでその旅館にしたのかは理由はない。ネットで見て雰囲気良さそうだったからさ。こじんまりしてて余計なものがない。そして周りは自然しかない。しかも、そのときは平日で客は僕しかいなかった。
夜の食事の時間に指定された部屋に行くと、明かりはついていなかった。
ロウソクの火が一本だけついている。真っ暗な空間に小さな火が一つだけ。
その火の近くにあった座布団に座るよう促される。
座ると目の前にはお吸い物が置いてあった。
真っ暗な水面から湯気が出ていて、火の玉がゆらゆら映っている。
食事を持ってくるので、その間お吸い物を楽しんでくださいと言われた。
僕はお碗を持って、口の中に少しずつ液体を流し込む。
醤油ベースのさっぱりとした味だ。でもどこか少しだけトロミと甘さがあった。
食事が運ばれてくる。
「お吸い物はお口に合いましたでしょうか?」尋ねられたので、とても美味しいですと答える。
すると奇妙なことを言い始める。
「そのお吸い物には素数が入っております。そのお吸い物を飲むと、素数の恩恵を受けることができます」
意味がわからなかったので、そうなんですねと軽く受け流して気にしないふりをした。
次の日の朝から、僕はその言葉の意味がわかった。素数の恩恵をきっちり受けていた。
僕には人間の頭の上に数字が見える。その数字は必ず素数だ。
たぶんその人間にまつわる数字なんだと思う。
「だから、君の頭の上にも素数が見える。19という数字が見える。
19は君の人生にとってとても大切な数字なんだ」
「なるほどね。とても奇妙で面白いお話だわ。赤ワインにぴったり」と赤ワインを飲み干す。
「あなた自身の素数は何なの?」
「僕自身のは見えないんだ。鏡にも写らない」
19の女は僕の耳元に近づき囁く。
「あなたの素数は79よ。私にも見えるのよ、素数が」
「君も行ったのかい、あの旅館に?」
彼女はそれには答えない。
その代わりに赤ワインをお代わりした。
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