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「ずっと前から、強い子だったんです」
もはや自分を支える力もない、というように壁に肩をつけてぽろぽろと涙を流す青年。
気休めに、と出したホットココアはもう少し冷めてしまった。
自分の夢のために駆け出して行った彼女を見て彼は思う。
ああ、この子に僕が必要なんじゃない、僕が彼女に依存していたんだ、と。
星が煌めく様な瞳と活力に溢れた小さな掌で手を振った彼女は、まるで流星の様に駆けて行った。
元々一人じゃ碌に人とも喋れなかったくせに。
もっと成長しろと、口では言っていたが本当に成長して欲しい訳ではなかったんだ、なんて言い訳まだ聞き入れてくれるだろうか。
いや、聞き入れてくれたとしても、もう彼女は止まらない。止められない。
まるで花火の様に、持ち合わせていた繊細さと思いやりを置き忘れずに、更に強く、気丈に、輝いていた。
引っ込み思案で、オドオドと僕の後ろに隠れていた彼女はもうどこにも居ない。
僕が守ってあげなきゃ、僕が導いてあげなきゃ。
そんな想いは、いつからか執着に変わってしまっていった。
聡い彼女が気づかないはずがない。
きっかけがあるまでは、弱いふりをしていたんだ。
本当に守られているのは、心の殻に閉じこもっていたのは僕だった。
辞典なんて持てない様な小さなふくふくとした手はいつからかほっそりとした綺麗な手に変わっていった。
守られる者から、守る者へ。
輝いた瞳は、まるで火花でも出そうなくらい情熱的に弾けている。
「大翔、私はもう大丈夫」
僕の手を温かい手で包み、笑顔を見せる彼女のどこが何もできないお嬢様に見えようか。
僕がみっともなくぼろぼろと溢した涙につられて泣く彼女はもう居ない。
目の前の強い女の子がまとめて全部拾い上げてしまった。
「僕、君に随分と執着していたみたいだ」
僕の目から水が落ちるのもなんだか可笑しそうに、ふわりと桜の花の様に笑った彼女は、間違いなく一人の立派な女性だった。
「約束してくれ」
そして、許してくれ。
未だに君に心を奪われてしまった男の事を。
「僕は、僕も君に必ず追いつくよ。その時は、君の隣にいる事を許してくれ」
「うん。待ってるね」
ふふ、と笑ったその顔は幼さの残る笑顔で、君が君である事を再確認させられた。
走り出す君の、背中を見つめて送り出す。
負けてられない。
「先生。僕はここで折れませんよ」
彼は彼女の瞳を強いと表現したけど、彼の瞳も力強く瞬いている。
「頑張りなさい。青春なんて、あっという間なんだから」
彼の強みはきっとあっという間に花開く。
「先生も勇気貰っちゃった」
どうか、彼らの未来が明るく綺麗なものでありますように。
もう萎れた花からのせめてものエールだった。
数年後、彼と彼女が涙と笑顔を浮かべて新聞に載るのはまた別の話。
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