告白

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手を繋いで旅館に戻ると玄関掃除を終えて後片付けをしていた夫婦に見つかり、フィンリーが二人の姿を見るなり驚き顔でoh my God!!と叫んだ。 「むつみ!なんで!一人で入った!?」 「二人でふざけてたらこけちゃったの、ごめんねフィンリー」 「雪緒さん浴衣ダメにしました、ごめんなさい」 二人でぺこりと頭を下げるとフィンリーは風呂を沸かしてくると言い慌てて屋内へ駆けて行く。雪緒に至っては二人の有り様を見るなり丸く収まって良かったと言ってそれで終わり、清々しい笑みも相まって随分とさっぱりしたものだった。 ホースの水で全身の砂を流して裏手から居住スペースの方の風呂へと案内された、男二人が入っても十分に余裕のある大きな風呂だ。髪の間にも沢山砂が入り込んでいて、セリに手伝われながら洗い流した。 部屋に戻ると何食わぬ顔をした春海に迎え入れられ、何事も無かったかの様に三人で同じ時を過ごす。思わぬ海水浴のせいですっかりくたくたになり、昼ご飯を終えた途端にむつみの意識はぷつりと途絶えてしまった。 「……ねえ、春海」 「ん、なんだ、むつみは寝たのか?」 PCから視線を外しどれ布団を引こうと腰を持ち上げた春海をセリは引き止める。どうしても聞きてみたい事があったのだ。 「あのさ、一つ聞いてもいい?」 「どうした、改まって」 横にいるのは座布団を枕にして、畳に四肢を投げ出した無防備なむつみ。空調の整った部屋で風を引かない様にと穏やかに上下する胸から腹へ羽織りを掛けてやる。上から顔を覗き込み額にかかる前髪をそっと避けると、ころんと転がりむにゃむにゃ言いながらセリの方を向いた。畳を這う手が何かを探す仕草をするので握ってやれば落ち着いた、知っていたけれど底抜けに可愛い。 「……どうして手を出さなかったの」 「……、」 「気に入ってたでしょう、むつみくんのこと」 「まあ、そうだな。控え目で可愛いなとは思ったかな」 そう言うと春海は木製の重厚なテーブルに頬杖をついて眠るむつみの方を見る。その眼差しは酷く穏やかで優しくて、セリの心はざわりと揺れ不安の音を覚えた。 「初めて会った時、むつみは俺の様な人間が兄ならばよかったのにと言った。そんな風に思った人間に手を出されたらあいつの心はどうなる?」 「上手くいかなかったら壊れちゃう……」 「そうだな、それに……親友が幸せになれる可能性があるなら成就させてやりたいと思うだろう」 「……春海って、昔から良い男過ぎてムカつく。そういうところ嫌い」 真面目で気遣いができて適度に隙のある姿を見せる、友として多少の贔屓目で見ても春海は良い男だ。自分が選べる立場なら春海を選ぶだろうと思うくらいには認めているから、むつみが春海に靡かなかったのは奇跡だとさえ思う。不貞腐れた顔を見せると、春海はお褒めに預かり光栄だと戯けた。 「お前達の関係が破綻したなら横から掠め取ってやるよ」 「そんな事にはならないし、ぼくたちおんなじお墓に入ろうねって約束したから」 「で、両親の反応はどうだった?」 「やっぱりどこに行ってたか知ってたんだ」 「お前が血相変えて両親の所へ現れたと、むつみの兄から連絡があった」 まさか両親の元に行くなんてな、相当気が動転していたんだなと言いながら茶を淹れ始めた春海は、ことりと小さな音を立てて湯呑みを二つテーブルに置く。今度はセリがそこへだらしなく体勢を崩して頬杖をついた、むつみの実家に突撃訪問した時の彼の両親の顔を思い出す。それはもう顔から目が溢れるんじゃないかと思うくらの驚きようだった母と、開いた口が塞がらない父。怒られるか追い出されるかどちらかと思っていたのに、次男坊が家に寄り付かなかったのは恋愛対象の問題だったのかもしれないと二人はどこか腑に落ちた様子だった。 違うと思うけど、その方が何かと都合が良さそうなので黙っておいたのはセリだけの秘密。 「驚いてたけど、悪くない反応だったと思う」 「それは良かったじゃないか」 「うん……ねえ春海、むつみくんはぼくの大切な人だからね。大事にするから取らないでね……でも、その、ちゃんと出来てなかったら教えて。それから、むつみくんには春海みたいな人が必要だと思う。だから今まで通り見守ってあげてほしい」 両腕をテーブルに突っ張り状態を起こし、しゃんと背筋を伸ばして春海を見据える。するとふと笑みを漏らした目の前の良い男は一つ頷き、セリの胸の内からやっと言い知れぬ不安が霧散して余計な雑音が聞こえなくなった。 「にしてもお前、よく運転してこれたな」 「何度も死ぬかと思った」 「やればできるものだな」 「好きな人の為ならね、死ぬ気で頑張れるものなんだね」 暫くすると湯呑みに注がれた日本茶のいい香りがふわりと広がって、気付かない内に詰めていた息をふーっと吐き出した。
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