後と今

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夏も終わろうとしていたあの日、セリと合流した後さらにもう一泊して帰路に着いた。 春海が先導しセリの運転でマンションへ帰る。助手席に座ってくれとせがまれて仕方なくセリの方へ乗ってしまったため、なんともスリリングな帰り旅となった。マンションに到着すると出迎えた弥八が、あちこち擦り傷だらけになった車を見るなり発狂したのも今では少し懐かしい。 季節は巡り夏は順調に終わりを迎え、テラスの向こうの木々の葉はすっかり黄色やオレンジに色付き、風が吹けばひらひらと散っている。 「きんちゃん、フィンリーからメッセージ来てるよ。年末泊まりに来るかって」 「んー…いいね、二人で露天風呂に浸かりながらまったりすごすの。ねえ、むつみくんの今日のネクタイはこれに決めた」 端末を確認する視界を遮ったのはオリーブグリーンのネクタイだ、今日は二人して少しおめかしをしている。というのも、セリの絵を取り扱う弥八のギャラリーでパーティーが行われるので、むつみはその付き添いをする。体のいいお守り役だと弥八が言っていた。あの旅の後むつみはセリとの同棲を受け入れた、相変わらず一人で外出はさせてもらえないままだけど上手くやっていると思う。再就職はどうなったかというと、春海が紹介してくれると言った職場へ勤め、社会的保障と給料を得ることが希望だったがそれは叶わず、セリの扱いが上手いからという理由で今は一先ずマネージャーのような仕事を任され日々を過ごしている。 「似合うよ」 「きんちゃんの方がかっこいいよ」 「ぼくかっこよく見える?」 「うん、凄くかっこいい」 うはっと機嫌良く笑うセリは、ネクタイを結び終えたむつみに飛びついて頬にキスをする。セリはむつみを着飾る事が好きなようで、事あるごとにスーツやネクタイを買い与えようとするのだから止めるのに一苦労だ。 「……おーい、お前ら準備できたか」 「あ、弥八さん」 「よう、むつみ。そのスーツも似合ってるな」 「オーダーメイドだもん、むつみくんに似合うに決まってるでしょ」 「一緒に出かけるのが嬉しいからって、毎度贈り物をしていると嫌われることもあるんだぞ」 「ーーえ!?」 「こいつがあれもこれもと、それこそ高価な物を欲しがる様なやつに見える?」 「見えない!」 わッ、困った!そんな事あるのと、まるで信じられないとでもいう様な顔をしてむつみの方を見るものだから思わず苦笑してしまう。 「今あるもので充分、きんちゃんなら上手くコーディネートできるだろ?」 「コーディネート……ぼくが……それも楽しいね!」 着飾らせる事には変わりない。逡巡する素振りを見せたセリはうんうんと頷いて納得すると、小走りで自分とむつみの分のジャケットを取りに向かった。取り残されたのは呆れた顔をした弥八と困り眉をしたむつみだ。 「お前本当にあいつを手のひらで転がすの上手いよな、あんなに嫌がっていたパーティーでさえむつみと一緒ならデート気分で顔を出す様になったし」 こんな風に言うけれどその実供給過多で困っているむつみのために助け舟を出したのだから、この人もたいがい面倒見がいい。ありがとうと言うとつんとそっぽを向かれてしまった。 迎えにきた弥八の運転で目的地まで送迎される。初めて連れてこられたギャラリーはとても広く、壁に展示されている大小様々な作品一つ一つに柔らかな照明が当たり美しい空間が演出されていた。招待客はまだ来ていないようで室内はしんと静まりかえっていて、その向こうではケータリングを運び入れたウエイターが数名で固まって打ち合わせをしていた。 弥八と話し始めたセリから離れ展示を見て回る、相変わらずむつみにはどこがどう凄いのか、その価値がいかほどの物なのかさっぱり分からない。 「……ーーどう?」 「どう、と言われてもなあ……やっぱりよく分からない」 「きみは本当におべっかを使わないよねえ」 「口先だけで褒められて嬉しか?」 「……そういうところも好きだよ」 斜め後ろにぴたりとくっついて立ったセリを見上げ小首を傾げると、セリはむつみの額に唇を寄せる。誰にも見えていないだろうと目を閉じて、柔らかな感触を受け入れた。 招待客が集まりだすとウエイター達がグラスを配ってスマートにフロアを練り歩く。 セリは笑顔で招待客に挨拶をしているから、むつみは邪魔にならない様にとシャンパングラスを一つ貰って壁際に寄り落ち着いた。 遠巻きから見る世界は華やかで、そこへ混ざっていることが未だに不思議で仕方ない。
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