偕老同穴の誓い

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翌朝は予想していた通り指一本動かす事が億劫なほど疲弊していた。 全身の骨が軋むし股関節が痛い。声が枯れ喉も痛む、喘ぎ過ぎたのかと思うと恥ずかしさが勝った。重だるい腰、ぼーっとする頭、もしかしたら少し熱があるのかもしれない。 世話は任せろと言った言葉の通り起きた時には既に身の回りを整えられていた。むつみは今ソファの上に居る、視界に入る場所にいて欲しいと言うセリが、態々ベッドから抱き上げてここへ運んだのだ。今日はもう動けないと諦めて創作の様子を眺めながら本を読んだり、タブレットで動画を見て過ごす事にした。完全なるオフだ。セリはテラスへ続く大窓の側で画材をひっくり返してキャンバスに絵を描いている、その筆運びは生き生きとして楽しそう。時折り集中力が途切れると、むつみの方を見て存在を確かめ安堵する、しかし寄り添うクマのぬいぐるみを見ると渋い顔をするのだから面白い。 遅めの朝ご飯はカットフルーツを少し食べ、昼間はセリがすっかり得意料理となったホットケーキを焼いてくれた。手洗いに行くのにも水を飲むのにも付き添われ、少しでも痛む姿を見せようものなら直ぐさま抱き上げられるという手厚い介抱を受ける。 毎日が擽ったいほど幸せで、我ながら単純な事に愛されていると実感する。この胸に空いた大きな穴を、隙間なくぴたりと塞げるのはセリしかいないと思うのだ。 「今日はここまで!あーー、疲れたよー、このクマ邪魔ー」 「あ、あ、待って汚れるからその手で触るな!こら!」 むつみの側に居たクマは、セリの大きな手にむんずと掴まれソファの下へ転がされた。代わりにと言わんばかりに図々い態度でセリが横に座る。絵の具で汚れた手を開かせて自らの手を重ねてみた、大きな手だ。絵の具はすっかり乾いていて、ごしごし擦ってみたけれど取れない。 「……風呂沸かしたから一緒に入ろう」 「え、」 「、ん?………あ、ぁ、いや、もう沸いてるし別に一人で入ってくれても」 きょとんとしたセリの顔、むつみはおかしな事を言ったかと首を傾げた。 カラフルな手のひらに注視しながら口からするりと漏れた言葉を反芻すると、まるで一緒に入る事が当たり前のような自分の口振りにはっとした。頭頂部に刺さる視線、顔に熱が集まるのがわかる。慌てて取り繕っても思う様にいかず、苦し紛れにセリの手を押し返したけれど反対に掴みなおされ離してはもらえなかった。 向かいから伸びてきた手が頬をするりと摩る。 「嬉しい、ちょっと待ってね準備してくるよ」 「……」 頬とこめかみを啄まれ、とろける様ににこりと笑ったセリは寝巻きや下着を取りに寝室へ向かった。あんなに嬉しそうな顔を見てしまえばもう断り切れない。結局二人で風呂に入り、懸命に手を揉んで絵の具を落としてやった。背後のセリに身を任せて乳白色の湯船に浸かっていると、左手を取られ湯から引き上げられ、浴室にざぶざぶと湯の揺れる音が響く。 「ねえ、やっぱり指輪って欲しいもの?」 「んー…、そうだなあ、ちょっと良いなとは思ったかな」 「……ふ〜ん、そっか」 何気ない風を装った意味深な返事。セリも気が付いていたのか、想像したのはパーティの時に出会ったあの二人だ。 指を絡める様に下から掬われ手は、セリは自身の顔の前まで持ち上げられて薬指に唇が当たる。ちゆっというリップ音がやけに大きく響いた。 「永遠を誓った証が目に見えるって良いなって」 「ロマンチックだねえ」 「揶揄うならもうこの話はお終い」 手を湯の中に戻し体をずらして肩まで浸かる。どちらともなく口を閉じれば、辺りにを満たすのは立ち登る湯気と水が跳ねる音や腕が湯を掻く音だけ。 繋いだ左手は湯船を出るまでずっとそのままだった。 セリの様子が少しおかしくなったのは入浴を終えた後直ぐの事。ふとした瞬間立ち止まり何かを考える様な素振りを見せて、その度にちらりとこちらの様子を伺うのだ。どうしたのと問うても、んーちょっとねえという曖昧な返事が返ってくるばかり。本人に打ち明ける気が無いのなら仕方がない、そう思って寝支度を整えていた時だった。 「ねえねえ、むつみくん」 寝室の扉をノックしたセリが顔を出し、おいでおいでと手招きをする。側まで行くと両手で頬を包まれて、温もりに身を任せると唇をちゆっと食まれる。 手を引かれソファまで行くとここへ座ってと言われ、彼の手が隣をぽんぽんと叩いた。
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