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またお前らはべたべたと弥八はそんな風に言い放ち呆れて笑う、町田は仲が良くていいじゃないかと微笑んで春海もそれに同意した。
「指輪を送って一年以上経つけど、案外上手くやっているよね」
「セリの扱いが上手くて助かるわ」
「むつみが大人だからな」
一時はどうなることかと気を揉んだけれど収まるところに収まったと、会えばもっぱらそんな話をされる。恥ずかしくて擽ったくて、でも見守られているのだと思うとその優しさが心地良い。
今晩もまたリビングで各々が思う所へ腰掛けてローテーブルを囲み、むつみの手料理に舌鼓を打ちお酒を飲む。楽しい時間というのはあっという間に過ぎてゆく。去りゆく時を惜しみ、生きている事が楽しいと思えるのは一重にセリと彼らのお陰だ。
「むつみ君、凄く良く笑う様になったね」
「甘え方も覚えたみたいだしぃ?」
「…ーえ、なにそれむつみくん誰に甘えるの?ぼくだけにしてって言ったよね、ねえねえ」
「あーあー、また余計な事を!弥八さんッ!」
「素直になったって意味だろう。余り揶揄ってやるなよ、後が大変なのはむつみだからな」
猫にもクマにもやきもちを妬く奴の相手は大変だと春海が言う、まったくその通りだ。弥八を睨めば横から伸びた手に両頬を包まれ、何その可愛い顔、そんな顔みんなに見せちゃだめ!とセリが喚く。
「またそんな愛想振りまいて!むつみくんの浮気者!」
「言いがかりだ」
セリは相変わらずむつみを一人で外には出したがらないし、酷いやきもち妬きのまま。出会った時から向けられている熱量は一ミリも変わらないどころか、寧ろ日に日に増しているのだから凄まじい。
「こんなにも、こーんなにもきみの事がすきなのに!」
「はいはい」
「あーあーあー、はいは一回でお願いしますー」
むつみに体当たりをして飛び付き適当な扱いをするなと抗議する。子供じみた態度も未だ健在、そんなセリの少し変わったところ。
それは色んな"すき"を我慢しなくなったところ。
態度だけではなくなって、むつみを好きだと惜しみなく言葉にし、好きだと言えと要求する。だからむつみはその度に、セリの目の前で左手をぱっと開いて見せるのだ。
「ねえ、ぼくが一番でしよ?一番だよね?好きって言って、今日のぼくはどのくらい?」
「また始まったぞ、頑張れむつみ」
「うっさい弥八!馬鹿弥八!ぼくのむつみくんに触らないで」
「きんちゃん、きんちゃん」
「…ーなあに、むつみくん」
二人の間で揉まれながらも身を捩りセリの目の前で左手を開く、すると薬指に光る指輪を見つけた彼は押し問答をやめて破顔した。
「これを嵌めたのは誰だ」
「ぼくだ」
「俺の一番は?」
「ぼく!あー良かった!」
頭を抱える様にむぎゅっと胸元に抱き寄せられ、くたりと身を任せると側頭部の髪をセリの鼻先が擽った。
「いいなあ、むつみ君僕の所へもおいでよ」
「だめ!」
「独り占めはずるいよセリさん」
「ぼくのむつみくんだもん、だめ!」
向かいでぱかっと両手を広げた町田を一蹴しむつみの肩を得意げに抱くセリに、ほら見せたげてと左手を差し出す事を催促される。仕方なしに皆んなに見える様に顔の前に手を掲げると、同じようにセリも手を掲げる。
「見て!ほら、見て!ぼくのむつみくんなんだからねー」
「ねー」
「もう、適当な相槌も可愛いなあー…」
ぽやっとしたセリに人目も憚らず頬にむちゅっとキスされた。うだつの上がらないただの男だというのに、そんなむつみの事をセリは日に日に可愛くなると言う。本当におかしな人だ。朝からずっと筆を握って集中していたセリは、お酒が回り疲れが出始めたのか目を擦り欠伸をする。
「きんちゃん飲み過ぎた?もう寝てもいいよ」
「……むつみくんは?一緒じゃなきゃ眠れない」
そう言うので弥八たちを仰ぎ見れば持っていけと手であしらわれる、だからむつみはセリに歯を磨いておいでと言って背中を押した。
「こっちの事は僕に任せて、適当にやってるから寝落ちしてもいいよ」
「ぁ、明日の朝ご飯は?」
「今晩は皆んな泊まって行くから」
「……そっか、やった」
とぼとぼと言われた通りに洗面所へ向かうセリの背中を見送って、彼らの方へ振り返ると六つの目がむつみを凝視する。
「……なんですか?」
「ふふ、無自覚かあ」
「ぇ、だからなに?」
「お前なあ、そういうところだぞ。朝飯くらいなんぼでも付き合ってやるっつーの、可愛い奴!」
「そう期待されたら応えないわけにはいかないな」
「…ーーッわ!?」
ぐしゃりと髪を揉んだのは春海の手だ。つんと頬を突かれてどんな表情をしていたのか思い至り、ぼっと顔に熱が集まった。
「どこへも行かないから、早く大きな子供を寝かせてこい」
「〜〜〜……はいッ」
恥ずかし紛れにばっと勢いをつけて立ち上がると、背中に浴びたのは三人の優しい笑い声だった。
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