穴があったら入りたい

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"偕老同穴"ということわざを知っているか。 その意味は、夫婦の仲がよいことのたとえ。仲のむつまじい夫婦の関係を結ぶこと。 「偕」は「一緒に」を意味し、「穴」は墓の穴を意味する。生きているときは老いを共にし、死後は同じ墓の穴に葬られることから、「偕老同穴の契り」「同穴の契り」とも使われる。 縺れる様に二人でベッドに横になり、寝息を立て始めるまでよしよしと頭を撫でてやる。するとセリは夢うつつにうふふと笑いながら呟いた。 むつみくんの手、柔らかいねえ。 可愛いなあ、すごいすごい、とっても上手だよ。 いいよ、凄くいい。 ああ凄い……気持ち良い。 どうしようね、大好きが溢れて……止まらないや。 その呟きは初めて会ったあの日に聞いた台詞によく似ていた。彼は多くの辛い思い出を鮮やかに塗り替えてゆく、最近はふとした瞬間にファーストキスの相手さえセリだったのではないかと思うくらいだ。優しく楽しい思い出が増え、その度にセリに愛されている自分が好きになる。 ……ーー"酷い男"は自らの手でその存在を"かけがえのない男"に描き変えた。 長く終わりの無いと思っていた暗闇、落ちて這い上がれなかった大きな穴からむつみを引っ張っり上げてくれた。人を愛することも愛される事にも無縁だと思っていたのに、セリや春海達のお陰でどちらともの心地良さを学び失う怖さも知った。 『むつみくんが好きになってもらえたら、ぼくは完璧になるよ』 あの海で彼はそう言った、その気持ちを今は理解できる。むつみだって胸に空いた大穴を隙間無く埋める事ができるのはセリしかおらず、彼がいてこそ自分は完璧なのだと思うから。 日に日に増す愛情表現が成せる技かセリの愛を疑う隙も暇も無い。愛されて許されて全てを肯定する人が側にいるという事は自信を齎し、それは愛した人を信じる強さに変わるのだ。 男しか愛せないという訳じゃないけれど、この先セリ以外の誰かに身を開く気も女性を抱く気も無い。例えセリと別れたとしても、彼以上の人は現れないだろう。おかしな事に別れる気も無いし、別れる事も無いと確信しているのだけど。 だからきっとあの"偕老同穴"の言葉通り、一緒に歳を取って骨になったらセリと同じ墓に入るのだと思う。 「きんちゃん、どのくらい?」 「ん……この、くらい」 むにゃむにゃと呟くセリに寄り添うと背中に回った腕にぎゅーっと抱き込まれ、額に降るのは口付けと頬擦りに、すき、大好き、ずっと一緒だよと、おまじないの様に繰り返す寝惚けた声。額にかかる前髪を掬うと、その下で今にも閉じてしまいそうな瞼が震えた。 「……毎分毎秒、きんちゃんが大好きだよ」 「明日も……」 「好き」 セリは至極嬉しそうにうふふと笑った後、安心した様に全身から力を抜き静かに寝息を立て始めた。柔らかな温もりに包まれて、こんな風に微睡に身を任せていると必ず思い出す言葉がある。寄り添い足を絡めるとぶつかるくるぶしの骨、分け合う体温と触れ合う骨の硬さを感じる度にあの言葉を噛み締めている。       『骨になっても一緒が良い、同じ墓に入りたい』 死んで骨になってもこんな風に、ずっと二人で寄り添ってー……悠久の時を経ていつかは完全に一つになる。              ああ、そうか、それってとても幸せな事じゃないか。              「そっか、そうだねきんちゃん、俺もだよ……」                                            穴があったら入りたい                           〈完〉
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