1 皐羽(さわ)

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1 皐羽(さわ)

峰から峰へ 1 皐羽(さわ)  山入端(やまのは)を、薄墨を含んだ筆が駆けてゆくと、そこからぼんやりと世界の輪郭が見えてくる。  それは、はじめに瀧ノ上(たきのうえ)の象徴であるお山の威容を際立たせると、お山に暮らす生きもの達、それは俺達一家、ひいては我々龍の一族を含むということだけど、あまねくそれらに等しく朝をもたらす。  そのまま朝日はゆるゆると姿を持ち上げて、俺達の屋敷や、瀧や、広場を撫でていき、畦道を辿って、学び舎も越えて、海の向こう、俺達のまだ知らない、どこかの国へ毎日巡ってゆくのだ。 ++++++++++  人間の国では、あまり感じることのない悪魔の気配を頼りに、手分けして目当てのものを探す。  それがどんな形をしているのか、どのような状態であるのかは、一切聞いていないので、俺は主に視線を木々の上に、反対に丹皓(にこ)は足元を向いていた。  元々が慎重な奴は、いつも俺よりも先に目当てのものを見つけだすことが多く、俺が夜明けすぐの空気を吸い込んでいる間に、 「皐羽(さわ)」  小さく俺を呼んだ。  改めて味わえば、確かに吸い込んだ空気に悪魔の気配が混じっている。  危険なものかもしれず、俺は茂みを素早く掻き分けると、丹皓の前に立って身構えた。  が。 「ん?どこ?」  気配のものが見当たらず呟くと、 「そこだよ」  白い腕が薄暗がりの中、俺の背から伸べられて、地面を指差した。  良く見ると、木の根元に貝殻のようなものがぼうっと見える。  俺達はその根元に近付いて、良く良く見おろしてみた。  見覚えのある貝殻のようなものは悪魔の角で、どういう訳かこんな森の片隅で、半分埋もれたようにそこにあった。  そして角に詰まった土から、小さな草が花を芽吹かせている。  ぷっくらとした、黄緑色の兎の耳のような葉っぱがふさふさと重なっている中に、宝石みたいな桃色の花が護られて咲いている。  夜霧の露が優しく光り、葉っぱも花もぼんやり輝いていた。  丹皓が腰元を探るより早く、俺は角を掘り返そうと手を伸ばした。 「皐羽!」 「っ痛」  奴の声と同じ鋭さで、角に触れた指先に痛みが走る。思わず手を引っ込めた。 「ってえなー」  小さないかずちが指先で跳ねた、一瞬の呪い。 「まったく、せっかちなんだから。危ないよ何事も」 「わあってるよ」  丹皓は俺をたしなめながら工具箱から取り出したスコップを差し出し、続いて大き目の採取瓶を取り出した。  俺は今度は用心深く、角の周りの土にスコップを入れて、角ごと花を地面から掘り上げた。  顔を寄せ、まじまじと花や葉のつくりを見詰める。 土を払っていき、恐る恐る広口の瓶に角を入れると、丹皓はしっかりと瓶に蓋をして、風呂敷に丁寧にくるんだ。 「やれやれ。だいぶ早く済んだね」 「そだな」  その間に俺は、自分の工具箱から使い込んだ地図を引っ張り出し、ここがどこかを確認する。  地図を広げて、飛んできた方角や山の見え方などで見当をつけ、ペンでばってんをつける。 「どうする?届けに行くにも時間が早すぎるね。朝ご飯を食べてから、中屋敷(なかやしき)へ向かおっか」 「飯、めーし」  俺が地図を仕舞っている間に、丹皓は腕を動かし、草の上に素早く魔方陣を敷き始める。  またか、やれやれ。俺は内心呆れた。  魔方陣の中を通過する、という行為に、俺はいまだに慣れない。  というより、どういう仕組みになっているのかよく判らないのだ。丹皓は、ちびの頃から母ちゃん譲りの魔術が好きで、熱心に学んでいたが、俺はどこかへ行く時は、変化して飛んでいく方が好きだ。  ……単に、自分が魔方陣を造るのが下手くそだというのもあるが。  光の柱が何本も立ち、輝き始めた魔方陣へ飛び込んで、俺達は中央へ到着した。
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