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峰から峰へ 11
あさあさ貝のまぜごはんや、さわら魚の炊いたのとか、並んだごはんはひとでちゃんの仲間じゃないの、と思うものもあったけど、ひとでちゃんはおいしいおいしいと言ってがばがば食べて、その時はちょっとだけ元気を取り戻した。
曙紅のらじおが流れたので、
「これはお山から流れてきてるんだよ」
と教えてあげると、もしかしてにいにの声が聞こえたりしないかな、とでもいうように、ひとでちゃんは集中して聴いていた。
++++++++++
でもごはんを食べて、ぼく達が昼下がりの勉強をしている間にひとでちゃんは、またしょんぼりとし始めた。
浜辺を渡って、貝の殻を拾ったり、木ぎれで砂に落書きをしている姿は肩が落ちて、大きさはすっかり大人なのに、さっきと全然違ってる。さっきはとっても嬉しそうで、楽しそうだったのに。
ぼくが勉強中に浜とウールをちらちら見比べていると、ウールもうなだれぶりの激しいひとでちゃんを気まずそうに眺めて、
「ちと早いが、今日はもう終いにするかの。屋敷へ連れていってやると良い」
ぼくに目をくれた。ぼくはぱっと立ち上がると、縁側から砂の上へ飛び降りる。
「ひとでちゃん」
呼ぶと、ひとでちゃんは両手で持っていたものから顔をあげてぼくを見た。それは丸っこくて平べったいお盆みたいな殻で、つるんとしていたので、鏡みたいに自分の顔を映して見ていたのかもしれない。
「お山に、いこうよ」
にいに達は、今日どこに行くって言ってたかな?でも、もうおうちに帰ってるかもしれない。
ぼくの言葉に、ひとでちゃんは一度うなずいた。でも、
「にこは、もう、大人になってしまっただなんて……もう遅かったのですね……」
声は気弱で、突然そんなことを言い出した。
「海を渡りすぎたし、『旅団』に釣り上げられたりするんじゃなかった……俺はなんてばかなんだ。それに、きっとにこは、ひとでの姿をした俺を待っていてくれたのかもしれない」
「え?」
さっきはあんなに、人になれたと喜んでいたのに、今はくよくよとしおれている様子に、ぼくはなんて言ったら良いのか判らない。
なんだか頭の後ろのほう、胸の奥のほうがもにゃもにゃしてきて、
「人ならしゃべれるよ」
そう言ってみた。
前の時は、ぼくが上手にしゃべれなくって、ひとでちゃんの声を伝えてあげられなかった。
今なら伝えてあげられるけど、人になれたのだから、ひとでちゃん自身でにいにとお話ができるよ。それはきっと良いことだよ。
「お山、いこっ。にいに、きっといる」
立ち上がって、もう一度言う。ひとでちゃんはぼくを見上げてたけど、
「にこは、俺のことなど、きっと忘れてしまいました……」
力なく首を横に振った。
ぼくの頭の後ろのもにゃもにゃが、みるみる頭の上に広がっていくように思って、ぼくは両手をぎゅっと握った。
さっきのひとでちゃんみたいに、ほっぺが熱くなった。きっと、かあっと赤くなっちゃったに違いない。
ひとでちゃんは、どうしてそんなことを言うんだろう。
にいにが色んな国に出て色んな物を集めて、薬を造ったり、魔術をしたりするのは、きっとちびの時にひとでちゃんを助けたかったからだ。
こわい極東(きょくとう)様のところに繋がると良いなあって、夏のたんびに瀧を探すのも、ひとでちゃんがそっちにいると思ってるからだ。
にいにが、学び舎に通うぼく達に花を持たせるのは、それをひとでちゃんの海に投げてあげるためだ。
にいには言わないけど、ぼくには判る。
ぼくを取り囲んだもにゃもにゃしたものは雨雲で、それに気付いたひとでちゃんが、ぎょっとぼくを見た。
風が強く巻き起こって、
「シュカ」
ひとでちゃんはもろにあおられて、笑っているような顔になった。
「わ……わぶぶぶ」
ぼくは助走をつけて、とんぼ返りをした。いつものように、階段の上から転がるのを頭の中で蘇らせる。
「うわあっ」
胴体でぐるりと巻くと、龍の姿にびっくりしたひとでちゃんを抱えて浮き上がる。
「樹解(シュカ)!どうしたの?」
「にいーに!たうも乗る~!」
浜辺がごろごろしているのに気付いた学び舎から銘珠と届宇が叫んだけど、ぼくはまだ父ちゃんやにいに達みたいに長くないので、届宇やいーくんまで乗っけることはできないんだ。もちろん荷物も。
「さようならー」
心の中で言うと、ぐるっとお空を一周して、ぼくはひとでちゃんとひと足先にお山に向かった。
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