13 銘珠(みんす)

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13 銘珠(みんす)

峰から峰へ 13 銘珠(みんす) まだ丹皓(にこ)と皐羽(さわ)がここ学び舎に通っていた頃、その父親である黄河(こうが)兄が曙紅(しゅうほん)兄と連れ立って、海の集落まで来てくれたことがあった。 「銘珠―、いるか?」 「え、あれ?黄河兄さん、どうしたの!」 それは夕暮れ時で、 「皆もう帰っちゃったよ。今頃、おうちに着いているかも」 「ああ、そうか。いつも悪いな」 「ううん」 子供達とは丁度入れ違いで、お迎えが遅かったのかと思ったのだけれど、そうではなかった。 「今日は、お前達に用事があってな、本当に突然ですまない。ほら、こっち」 屋敷の灯かりに照らされている黄河兄は大きな風呂敷包みを提げていた。 その黄河兄の後ろの薄闇から姿を現したのは、 「曙紅兄さん!」 「すっかり無沙汰になってしまった。息災でいたか、銘珠」 半島の御屋形様である曙紅兄さんで、僕はびっくりした。 慌てて縁側まで行って控えると、 「は、はい。皆も僕も元気です、兄さんもお変わりありませんでしたか……?」 「うむ」 「さあ、あがってください。ウォルフ、そこをどいて」 学び舎机が並んだままの広間で大あくびをしている金狼のウォルフにびしりと言い渡す。 「なんだと?銘珠、お主はここに来てからの儂しか知らんから、そんな大層な口をきけるんじゃぞ!それより腹が減った。早く晩飯を」 「ちょっと待っていて」 ぶちぶち言っているウォルフを脇によけて、少し前まで皆が勉強していた学び舎机も退かし始めると、 「銘珠、それより曇(くも)を呼んできてくれないか。二人に話があって来たんだ」 兄さん達も縁側からあがって、手伝ってくれた。 僕は、曙紅兄さんの本当に久々の来訪に、ぜひ弟達も交えて皆で食卓を囲めたら、と思ったのだけれど、黄河兄さんの、穏やかなれど真剣な調子に、 「は、はい」 僕は慌てたまま、二軒向こうの曇兄の屋敷へ急いだ。 曇兄は庭へ出て、お日さまが海のあちらへ消えてゆく、最後の赤黒い光の名残りをじっと見ていた。 夜明けの天気を読んでいるのが判った。 「おう、いつも悪いな」 曇兄は僕が晩ご飯の声かけに来たと思って、そう言ってくれた。 もう、物心ついてから僕はずっと曇兄のご飯を作っているのに、いつもそう言ってくれるのは、ちょっと不思議にも思う。当然のことと思ってくれて構わないのに。 一言、そう伝えてみようかな。とはいえ、 「曇兄、い、今学び舎に曙紅兄さんと黄河兄さんが一緒に来ていて」 「えっ」 「僕達に話があるみたいなんだけど」 「そ、そうか」 その名前を口に出すと、曇兄とその話をする余裕はなくなった。 有り合わせのものになってしまうけれど、簡単に何か作ろうか、と頭を巡らせ始めたところで、 「これ、祥(よし)が持たせてくれたんだ、口に合うと良いんだが。腰を据えて話したかったから」 黄河兄が提げていた大きな風呂敷包みを卓に乗せ、包みを解いた。 「おー」 尻尾を振り振り喜んだのはウォルフで、曇兄はといえば、感激して涙目になりながら曙紅兄と話していて、こっちを見ていない。 小ぶりのお重には、大きなおむすびや厚く焼いた卵、揚げ物など、 「な。急に頼んだから、簡単なものばっかなんだ」 確かに、急拵えだったのだろうな、と思われる品々が詰められていた。でも全然雑じゃない。 急に旦那様に言われて、こんなに素敵なお重が作れるなんて、祥兄さんは、本当に素敵な奥様だなあ……と感嘆してしまう。 僕にはこんな風にいかないや。 他の弟達は今は呼ばず、先に僕達だけに話したいことなのだ、と言われて、曇兄もやや怪訝そうな表情になった。 それに、 「儂も部外者かの?屋根にでも上がっとるかの」 と珍しく殊勝に言ったウォルフには、兄さん達は顔を見合わせて、 「……いや、ウォルフには居てもらった方が良いかもしれん」 「広い視野での意見を訊きたいんだ。良いかな」 そう返した。 僕と曇兄もまた顔を見合わせながらも、とりどりのおかずからめいめい好きなものを皿に取り分けて、夕食にする。顔をつきあわせ、真剣に話し合うより、間が持つと考えたのだろう。 実際、 「我々、龍の一族は、便宜上兄弟と呼び合ってはいるが、元々は済んだ空気や水底、森の気から生まれる存在なのは判っているな」 曙紅兄は手元の厚焼き卵を頬張りながら話を始めた。 箸を置いて、じっと聞こうかと咄嗟に思ったけれど、 「人間の呼び方と違って、血の繋がりはないってことだろう?判っているよ。な」 隣の曇兄は、兄さん達に気を遣わせないためか、片手にコップを持ったままだったので、僕もそうした。 頷いてみせると、次は黄河兄が、 「俺達、考えたんだが、二人の、あとウォルフの意見を聞かせて欲しい」 口を開いた。 「その呼び名が、龍同士、同族同士で一緒になることを敬遠させてきたけれど、人間だって、人間同士婚姻する」 「これからは半島の者同士、龍同士、想い合う者が現れたら、もう、呼び名のことは躊躇わずに、一緒になると良い」 「俺達は、皆にそう伝えることにしたんだ。どうだろう」 二人は、まるで練習してきたみたいに、一息に、交互に言葉を継いだ。 僕はまばたきを五回して、隣の曇兄の反応を待った。 頭の中には、二人と一緒にお山で暮らしている、李天(イェン)のことが浮かんでいた。
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