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峰から峰へ 14
僕達龍も、人間達のように、同族同士で婚姻をしてゆく。
僕は、その話は、兄さんたちが李天と、その片割れの辰沙(ジンシャ)のために、皆に改めて提案しようと考えたのだと思った。
李天は自分の片割れと中央で再会してから、ずっとその辰沙に兄弟以上の想いを抱いていて、彼らの暮らす人間界へ出かけたり、手紙を送ったりして健気に頑張っていた。
そして今では、その彼と相思相愛なのである。
同性であること、兄弟であること、そして李天がいずれは御屋形様という、半島の長となる予定であることなど、二人の間には様々な障壁があったけれど、少しでもその煩いを取り除こうとしてあげているのだ。
その考え、すごく良いと思う。
僕は相槌でそれを表した。隣の曇兄も、
「どうだろうもなにも、俺達は兄貴達の決めたことに従う。よくよく考えてのことだろうし、李天にとっても良いことだ。ウォルフはどう思う?」
同じように李天のことを思い浮かべたみたいだ。今は人間の家族がいるという辰沙に、李天は半島に遊びに来るよう何度も誘っているみたい。一度会ってみたいなあ……。
ウォルフは周りの話を聞かず、夢中で祥兄のお重を空にしていってたけれど、声をかけられ、はたと顔をあげた。
話しかけた曇兄ではなく、曙紅兄さん達を交互に眺めると、
「儂こそ、どうだろうも何も、お主たち龍のことに口出ししたって仕方なかろう。好きにするが良い。……それよりお主ら、それだけを言いに来たのではあるまい。こんな夜になって」
器用に前脚でもうひとつおむすびを掴んだ。
その言葉に、相向かいの兄さん達がぎくりとしたのが判った。
「?」
不思議に思い見詰めていると、兄さん達は肘で小突き合い、
「ほら、曙紅思い切って」
「いや、黄河、多分こういう話はお前の方が良いような……」
「何言ってんだ。御屋形様はお前だろ。お前から話すのが筋に決まってる」
しばらく攻防を繰り広げたのち、
「……そうか。そ、それでだな、曇、銘珠」
観念した曙紅兄さんが、伏し目がちに僕達を呼んだ。
「は、はい」
「なんだ?」
曇兄は箸を持ったままだったけど、やっぱり僕は箸をお皿に置いて畏まってしまう。
「半島の皆にそう伝えても、急なことでは年若い者達も一歩目を踏み出すのは難しかろう……それでええと……そう、生憎李天はまだ、辰沙は移り住んでくる予定がなく……そこでだ……」
兄さんはどうしてか、顔を赤くしながらしどろもどろに僕達に説明していた。けれど、
「頼みがあるのだ」
意を決したように、かっと目をあげた。
「曇、銘珠、お前達は、お互いのことをどう思っているのだ?もし憎からず想っているというなら、他の皆に先駆けて一緒になってみてはくれまいか」
「はっ?」
隣から曇兄の調子っぱずれな声がして、
「なんで俺達なんだ?なあ」
僕を向いたのが判った。
「一緒になるも、もう俺達こんな年嵩になっちまってるし。もっと若い奴らの方が良いんじゃないのか?」
曇兄の言葉に、
「確かにお前達は既に、熟年夫婦みたいだもんな」
黄河兄さんは苦笑いしながら、僕を見た。
「ずうっとずっと一緒に暮らしていて、皆の世話をして、ここの若い奴らの父さんと母さんみたいだものな」
「ハハハ、そうだろ……」
「うちの子供達なんか、お山の父ちゃん母ちゃんと、海辺の父ちゃん母ちゃんがいるようなもんだ」
黄河兄さんのくだけた雰囲気に、僕と曇兄も思わずつられて笑った。
確かに僕と兄さんはずうっとこの海で暮らしてきた。
僕はこの半島から出たこともない。それでも充分足りているし、自分の暮らしに疑問を持ったこともなかった。
けれど、特別な身体をもつ僕が、そんなに平穏に暮らしてこられたのは……曇兄のおかげだ。
今は祥兄や双子の甥っ子達が僕の気持ちを支え、共に生きていてくれるけど、それまでは、誰よりも曇兄が僕を護ってくれていた……。
僕は、ちらりと曇兄に目をやった。
「でもな」
笑っていた黄河兄が、その優しい笑顔を残しつつも真面目な声音になって、
「今更と思うかもしれないが、銘珠のことは、お前が一番良く判ってくれてるはずだ。だから二人が本当に良いのであれば、真剣に考えてみてくれないか」
曇兄を見詰めた。曇兄もまた黄河兄と見詰め合い、しばらく胸の内で互いにしか判らないやりとりを交わしているみたいだった。
けれどそのうち、
「……え!?」
箸を取り落として、
「な、なんで俺達なんだ!!?」
曇兄はさっきと同じ言葉を繰り返した。
態度はさっきとはうって変わって、顔を真っ赤にしながら大袈裟に手を振りつつ、狼狽えている。
僕達に向けられた言葉と期待が、本気のものであること、それがこれまでの暮らしに加えて、なにかを伴う関係性へと変化することを促されているのだ、というのを曇兄も今はっきりと理解したのだ。
「そりゃあお前、なあ……」
「待ってくれ」
にやにやしながら意味ありげな視線を向けてきた黄河兄を、曇兄は片手をあげて制止させた。
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