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20
峰から峰へ 20
ぽっかりと目を開けると、すぐそばにシュカぼんとうさぎ達の顔があった。
なんだか辺りはがやがやしている。
隣を見ると、丹皓がまだ寝ていたのでお腹をこしょこしょくすぐってやると、
「うふふふ」
丹皓もぐりぐり身体を動かして起きた。
二人で天井を見上げつつ、夜明けからのオオフリソデウオの漁をぼんやり思い出す。
冷えた空気や激しくぶつかる飛沫、踊るような舟の揺れ、でも今はあったかくて柔らかいお布団の中で、全部が夢だったみたいに身体を緩ませて眠っていられる。
大切なことを乗り越えられたのだ。
皐羽は、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
もそもそ二人で起き上がると、母ちゃんがやって来て、
「二人ともだいじょぶかい?どっか痛くないかい?」
とおたま片手に尋ねるので、
「皐羽、平気だよ」
「丹皓も」
皐羽達は答えた。
「そっ」
母ちゃんは忙しそうで、
「じゃっ、これ頼むよ。母ちゃんはそろそろ着付けの方へいくからね」
おたまをぼんやりしている丹皓に握らせて、来た方とは反対の奥へ消えてしまった。
一方、がやがやしている方へ顔を向けると、父ちゃんと皆が外でオオフリソデウオをさばいているのだろう、宴の支度をしているみたいだった。
丹皓のおたまを見ていると、外からも台所の方からも良い匂いがしてきている。くるくるるうとお腹が鳴った。
お日様は既に高く輝いて、皐羽達はまだ朝ご飯も食べてない!と気がついた。
「シュカぼん、曇と銘珠は?」
訊くと、シュカは真面目な顔で頷いてくれた。
「そっか」
良かった。やっぱり無事だったのだ。
そしてててーっと走っていくと、
「にいーに、起きた」
樹解は父ちゃん達に伝えた。
「お、起きたか」
「丹皓!皐羽!」
なんかしていた父ちゃんは呑気なもんだったけど、父ちゃんの奥にいた大きな身体が、弾かれたみたいにこっちに突進してきた。
「二人ともなんともないか!!?本当にありがとな!!」
そんで、曇は皐羽達を強く抱き寄せて、舟に乗ってる時みたいにぐらぐらと揺らした。
曇は、今は見たことない立派な生地の羽織を着て、ちょっと、いやだいぶ畏まっている。
「曇、しゅうぽんみたいな格好してる」
「かっこいいー」
「いやいや、慣れねえからむずかゆいぜ」
普段は率先して魚を捌いたり、宴の支度をする役の曇だけど、今日は主役だから、代わりに父ちゃんや玖恩くん達が引き受けていて、曇は待っているだけで、他にやることがないみたいだ。
仕方がないので、皐羽が話し相手になってあげることにした。丹皓はおたまを持たされたので、樹解と台所へ行ってしまったのだ。
「曇もだいじょぶ?すごかったぞ!」
「ああ、まだあちこち痛いが、大したことない」
曇はかかか、と笑ったけど、瞼は腫れあがってるし、袖から覗いた太い腕や胸にも包帯がぐるぐる巻かれていて、見るからに痛々しそうだ。
それが、やや甥っ子に対する強がりだとしても、あんな、血がびゅーびゅー噴き出るような戦いを繰り広げた割には元気な様だ。
龍ってやっぱり丈夫なんだなあ。
曇に促されて、皐羽は縁側まで出た。
大きなお鍋や焼き網、お酒の樽などがあったかな湯気の向こうの庭先にたくさん並べられている。
「二人こそすごいなあ。あんな魔方陣を造れるなんて、びっくりしたぞ」
曇は、これから催される自分と銘珠の婚儀式のため賑わう庭を見ているのか、その先の死闘を繰り広げた海を見ているのか、まっさらに晴れた空を見ているのか、とにかく皐羽を見ないままそう言った。
「その年で、あんな大きな魔方陣を操るなんて、今では黄河兄貴と主詠くらいのもんだ」
「えへへー」
「とても大きな力だな」
庭先で捌かれたオオフリソデウオの半身が焼かれている。半身にしても一枚の焼き網ではとても乗り切らない程の大きさの、あんな化け物を曇は倒したのだ。
銘珠が欲しい、その一心で。
「丹皓と皐羽は、いっぱい練習したんだもんね」
……皐羽たちのこと、父ちゃんと母ちゃん、ウールは気付いている節があるけど、多分、曇も判ったのだろう。
丹皓はともかく、皐羽が誰の元片割れで、誰を幸せにするために戻ってきたということを。
「そうか」
「銘珠は?」
その銘珠の姿が見えない。
皐羽は勇敢に舟を駆ってみせた銘珠の様を思い浮かべた。
「銘珠は、祥兄の持ってきた、その……綺麗な着物を着せてもらってるよ。婚儀式のためにな」
「曇のためにでしょ」
皐羽の言葉を、
「あ、ああ、まあなあ……」
曇は曖昧に濁した。
ちびの言葉を真に受けて真っ赤になっている。
まったくこんな調子だから、一緒になるのにこんなに時間がかかってしまったじゃないか。
それでも皐羽は無事、銘珠の願いを叶えられそうだ。
皐羽は、戻ってきたお役目を果たせたので、そろそろ皐羽自身のために生きなくてはならないな。
大きく伸びをしながらそう思っていると、奥の廊下から母ちゃんが銘珠の手を引いてこちらへやって来た。
皆も手を止めて、これまで見たこともない程綺麗な花嫁衣裳を身につけた銘珠に驚きと感嘆の混じった溜め息をつく。
頭に薄い布をかぶっていて、始めは赤い唇しか見えなかったけど、気配を感じたのか、銘珠がほんの少し顔をあげて、微かに微笑んだ。
明け方まで、痛手を負った曇にすがりついて泣いていたくせに、今はその曇の元に向かうことのできる喜びに、頬を上気させている。
一瞬、ほんの一瞬だけ、その笑顔が向けられるのは「僕」であった未来があったのかもしれないな、そう思ったけれど、それは、この世界の出来事ではないのだろうなと思い直した。
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