4 丹皓(にこ)

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4 丹皓(にこ)

峰から峰へ 4 丹皓(にこ)  ぱかりと目を開けると、また物置きで眠っていたみたいだ。  階段の下の物置きは、ちびの頃から集めたおれの魔術薬の入った瓶や本、皐羽の釣りの一式や我が家の季節の道具なども突っ込まれた、おりょうさんの部屋の小粒版といった感じだ。  薬草や布、古い紙などの混じった匂いをゆっくり吸い込んで大きく伸びをした。  物置きを出ると、皆は既に朝の支度を始めていた。  その中の兎を乗っけた頭に、 「シューカ」  呼びかけると、弟は黙ってくるりんと振り向いた。 「忙しい?」  学び舎へ行く三人は朝ご飯を食べていたが、樹解(シュカ)は首を横に振ってくれたので、おれは隣に座り込んだ。  小ぶりの瓶を開け、濡れ紙にくるんだ一枚の葉っぱを摘まみ上げ、 「こないだおりょうさんのところに届け物をして、その時一枚だけ枯れてた葉っぱを貰ってきちゃったんだ。生きてるかな?どうかな」  樹解の掌に握らせて囁いた。  何故囁いたのかといえば、おりょうさんの名前を聞かせたくない人がいて、何故握らせたかのかといえば、珍しいお土産を見せるとうるさいちびがいるからだ。  悪魔の角を鉢植えに、すくすく育った植物は中央の議長・おりょうさんに渡してしまったけれど、おれと皐羽はおりょうさんから頼まれ探した植物や鉱物、その他諸々珍しい物で、ついでに手に入れられる物は、自分達の分も分けてもらうことにしていた。  そして生きているものはお山で育て、生きていないものや植物や動物でないものは、薬の原料や魔術の足しにすることにしている。  生きているものを扱うのは、主にこの無口で優しい樹解、死したものを操るのは主にこのおれだ。  樹解が自分の拳に集中していると、母ちゃんが学び舎へのお土産の包みを手に現れた。おれを見ると、だらだら起きてきて、と怒られるかと思いきや、 「おや」  心なし弾んだ声をあげた。 「あんた達、今日はおうちにいるのかい?」 「皐羽は瀧?」 「うん」  皐羽も今日は家にいるつもりらしい、 「そっか。じゃ、おれも今日はのんびりしよっかな」  そう返すと、 「そうかい!」  母ちゃんは更に機嫌が良くなった。  母ちゃんが台所へ踵を返したところで、樹解がさっと手を差し出してきて、 「いき、てる」  小さな声で教えてくれた。 「判った。じゃ、樹解に頼むよ」  囁き合っているおれ達の前に再び現れた母ちゃんは、珍しく襷がけなんかして可愛い絵柄のあずま袋なんか手にしていた。  あれほど苦手な夏の間はずっと大人しくしてたくせに、なんだろと思っていると、 「今日は家にいるってんなら、お洗濯ものは干してね。皐羽には、薪割りして乾かしといて頂戴って言っといて。私はお山に遊びに行ってきまーす!」  母ちゃんはテーブルのでかい蜜柑をあずま袋にぽいぽい入れて、学び舎組より先に出かけてしまった。  なんのことはない、朝早く「なみなみ」というお山の水汲みの仕事をしにあがっていった父ちゃんのとこへ、逢いに行ったのだ。 「なあーんだ。学び舎に付いて行こっかなと思ったのになあ」  言うと、出かける直前だった末っ子の届宇(たう)が、 「にいーに、くる?くる?」  と体当たりしてきた。  おれ達姉弟が通っていた学び舎は、今は樹解と届宇、そして人間の居候のいーくんが通っている。 「今日は母ちゃんの代わりに家のことをしておくよ。これを持ってって、海に投げてね」 「あいあいー」 「行ってくるな」 「皆によろしくね」  洗濯籠を抱えて庭へ出て、その辺の黄色い花を一輪、届宇に持たせる。樹解なら名前が判るのだろうけど、花弁がぼっさぼさした背の高い花だ。  そのぼさぼさした様が、少しだけ愛しのひとでちゃんに似ていて、愛らしかったのだ。  生きているものは、おれは名前を良く知らない。
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