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峰から峰へ 6  おれ達姉弟が、学び舎に通い始めた夏、おれは大きなクサイロハヤブサヒトデに出逢った。  海の底に沈むと、水の色に紛れて見えなくなってしまうような明るい草の色で、ぽってりとした太い足や、座布団みたいな厚い身体のくせに、波に乗ると、まるで隼のように素早く泳ぐ。  けれどももちろんひとでなので、砂浜や海底を歩く時は、とってものんびり、難儀に歩く。  学び舎の前の砂浜に、大きなつやつや葉っぱが落ちているように寝ていたのを、おれが見つけたのだ。  地面からぺりぺりと剥がすと、ひとでちゃんは気がついてちょっとくねっとした。  でも、嫌なのかなと思ってじいっと見ると、ひとでちゃんも大人しくなったので、おれはそのまま学び舎まで連れていった。  朝も早かったように思う。 「ひとでちゃん、丹皓だよ。こっちはさわさわ。丹皓達双子なんだ」 「で、ねえねとシュカぼんだよ!」 「ねえシュカ、ひとでちゃんがなにか言ってるか、判るかしら」  起きてきた姉弟に見せてひとしきり自慢すると、おれ達は名乗り、末っ子の樹解(シュカ)に訊いてみた。  樹解は、言葉を持たないもの、動物や植物、建物などとも話ができるので、このひとでちゃんの言葉もきくことができるのでは、と思ったのだ。  その時おれは、ひとでちゃんがどこから来たのかや、なにひとでなのか、おれ達の友達になってくれるか、などを訊いてみたかった。  けれど皆で見ていると、ひとでちゃんを頭に乗っけた樹解は、そのうちぽろぽろと涙を零し始めた。 「うう」  樹解はひとでちゃんが話してくれただろう言葉を、まだ自分がうまく話せないのがもどかしかったのだろう。 「どしたの」 「どしたの」 「お話するのはやめて、図鑑で調べましょ」  ねえねの雅(みやび)が樹解の頭からひとでちゃんを剥がし、その頭をくりくり撫でてあげる。  おれ達は屋敷にあった図鑑で、ひとでちゃんがクサイロハヤブサヒトデという名前なのを調べた。  クサイロハヤブサヒトデは渡りひとでで、温かい海を求めて世界中の海を回遊するみたいだった。 「寒くなったら、いなくなっちゃうのかな」 「やだやだ。丹皓のお昼寝まくらにするんだもん」  皐羽の言葉におれは不平を言った。  適度な弾力もあって大きなひとでちゃんを、おれはとても気に入ったのだ。  毎日学び舎に着くと、砂浜で待ってるひとでちゃんと落ち合う。難しい会話はできなくても、皆で遊んだり泳いだりし、二人では潮干狩りをしたり本を読んだりした。 ++++++++++ 「丹皓達は、龍なんだよ。知ってた?」  二人で沖を見ながら思い切って訊くと、ひとでちゃんは身体を震わせて「知らなかった」と表した。 「ここは、龍の半島の海なんだよ。あの道をずーっと行くと、丹皓達のお屋敷があるんだ。お山なんだよ」  うずくまった膝の上に乗ったひとでちゃんは、おれと一緒にお山の方を向いた。 「びっくりした?……龍でも皆、怖くないでしょ。今度連れていってあげるよ」  おれは、つい声を潜めて言った。  ……世界中を旅しているひとでちゃんは、龍を含む魔界の生き物についての謂れを知っているかもしれないと思ったから。  それを信じているかは判らなかったけど、ここの皆のことを嫌いになっちゃったらどうしよう。  言わない方が良かったのかな。  おれはほんのちょっとだけ不安になったけど、ひとでちゃんはゆらりと足をあげると、おれの頭を優しく撫でてくれた。  おれは上達し始めた魔術で、海の水を温め続けられないものかと色々試してみたけれど、そのうち秋も深まってきた。  ひとでちゃんは、段々動きが鈍くなって、身体の色もなんだか昏い色にくすんできた。  もう、温かい海に渡らなくてはならない時がきたのだ。 「ひとでちゃん、また温かくなったら来てね」 「待ってますわ」 「学び舎のある浜だぞ。間違えるなよ」 「うう」  皆で呼び掛けても、前みたいに元気ではなく、ひとでちゃんはのろのろと腕を動かしただけだった。その様子に、おれはどきどきとし始めた。  ……もしかして、このひとでちゃんは寒くなったからではなくて、おれに寿命を吸い取られているんじゃないのかな。おれがひとでちゃんを大好きになったから。  やっぱり、龍の子のおれが好きになったら、同じ魔界の生き物以外は弱ってしまうのかもしれない。 「ひとでちゃん」  一度ぎゅうっと抱き締めると、ひとでちゃんはおれのほっぺたに腕を吸い付かせて返事をしてくれた。  柔らかな潮の匂いがした。  岬から、ひとでちゃんを見送った。  それから、学び舎の海でクサイロハヤブサヒトデを見かけたことはない。
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