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峰から峰へ 8  「旅団」というのは、世界中を旅する不思議な団体で、目的や意味など確かなものは何も持たない自由な人々の集まりらしい。  人々、というのも勿論人間ばかりではなく様々な種族が入り乱れ、性別も国家も秩序もお構いなしに、ただ旅をしているのだ。  ただ彼らに捕まると、時の流れからも逸脱してしまうため、歳を取らなくなってしまうし、いつまでも海へ戻れない。それは俺には困ってしまうことだったので、俺はあの船を降りてきた。 「『旅団』か」  主は呟くと、俺を飛び越したどこか遠くに目を遣った。  こんな最果ての海にいても、やはり「旅団」のことはご存知なのだ。それどころかもしかしたら、「旅団」にいたことなどもあったのかもしれない。  主は遠い瞳のうちに、頭の中で多くを考えて、いくつかのことに行き当たったようだ。 「……『旅団』の長にも、その子供のことや、渡らなくても良い身体になりたいことは話したのだな」 「はい……そうしないと船に乗せられたままになりそうでしたので……」 「そうか。道理で」  主はそこで初めて唇の端を緩くあげた。  これまで何の感情も示さなかった主の顔ばせが、少しだけ柔らかくなったように見えた。  俺を左の掌に乗せると、右の掌で、しっかりと三度身体を叩かれた。今のがまじないなのだ。  そう気づくと、気のせいかもしれないけれど身体がぽわーっと熱くなってきた。どこからか力が漲ってくるみたいだ。 「こんなもので良いだろう」 「あ、ありがとうございます」  俺のひとでの胸も熱くなり、どこからか涙が出そうになる。  俺が身体を半分に折り畳み感謝の意を示すと、主は軽く咳払いをして、 「……生憎だが、俺にはお前の身体を変えてやれるほどの能力はないのだ」  と言った。 「え?」 「俺の連れ合いならともかく、俺にはそんな能力はない。こんな海の底で隠遁しているせいか、そんな根も葉もない噂が流れるようになってしまったのだ」 「え、ええっ……」 「心配するな」 年月を経て崩れかけてきた石造りの階段の際まで来ると、主は水中に俺を放り投げた。 「俺の能力はなくとも、『旅団』の長がお前の願いは聞き届けているはず。安心して半島の浜辺へ戻るが良い」 「そ、そうなのですね……」  神殿から離れていく俺には主の声が段々小さくなっていく。ふわーんと流れに乗って、目指すところへ行く時がきたのだ。 「ああ見えて、あいつはお節介なのだろうな……わざわざこんな所までお前のような奴を寄越すのだから……」  そのあとも、海の底の主はなにか話していたけれど、俺達の間はどんどん離れていってしまい、その声は聞こえなくなってしまう。  主の姿は、海の底の美しい貝殻のように小さくなって、やがて見えなくなってしまった。 ++++++++++  明るい海の底の、たゆたう流れに乗って俺はあの浜辺を目指した。  東の海までは途方もなく遠い。  月が何度も巡る間、俺は魚や貝などと戦いながら海を渡ってゆく。そのうち、海底の砂や海の水が明るく、温かく変わってきた。
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