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峰から峰へ 9 浅いところまで浮き上がって景色を確認してみると、遠くに見える山の形や集落の様子などから、胸で何度も思い返していた、龍の半島のあの浜辺に近付いているのが判った。 波に乗りながらきょろきょろすると、確かに見覚えのある岩場や、小さな岬も見える。 帰ってきたのだ! あの龍の姉弟たちは、にこはまだここにいるだろうか? 元気でいるだろうか? 俺は浜に近付きながら、誰かの姿がないかと必死で目をこらした。 その時、急に身体に鋭い痛みが走った。 岩にでもぶつかったのかもしれない、振り向いてぎょっとする。 いつの間にいたのか、大きなうみねこがくちばしで俺をつついているではないか。 もがもがと波間に隠れようとするがうみねこは追ってくる、俺は思わず、 「に、にこー!!」 心の中で叫んだ。 すると、どこからか何かがうみねこに投げられて、うみねこは俺の横をすっ飛んでいった。 一目散にこちらへ向かってきたのは少年で、少年はむっとした表情で飛んでいったうみねこを一瞥し、 「おいで……」 ぶつけた何かに呼び掛けた。 少年は俺の身体を眺めあげ、 「……にこって、丹皓(にこ)にいにのこと?」 ふいに話しかけてきた。 「にこ!にこを知っているのか!?」 俺が思った通りのことを、誰かが彼に叫んだ。 誰の声だろう?周りを見渡すが、俺達の他には見当たらない。 良く見ると、高い岩に登った時みたいに地面も遠いし、少年も不思議そうな表情で俺を見上げている。 そのくりくりとした黒い瞳に俺は見覚えがあり、 「お前、もしかしてシュカか!?そうだろう!そんなに大きくなったなんて……!!?」 俺は胸を叩かれたように衝撃を受けた。俺のその言葉を、また誰かが声にした。 あの時は赤ん坊だったシュカは、奇妙な表情なまま、 「にいにのひとでちゃん……?」 と尋ねてきた。 そうだ、シュカは言葉のない生き物と話ができるのだと、昔姉弟達が話していたっけ。シュカは俺があのひとでだとすぐに判ったのだ。見た目を覚えていてくれたのかもしれない。 俺は嬉しくなって、勢い込んだ。 けれど、何故シュカはこんな不思議な顔のままなのだろう。 「そうだ、俺はにこのひとでだ!丈夫な身体になって戻ってきたのだ……て、あれ?」 その時、おもむろに自分の身体の下から大きな掌が差し出されてきた。 ん?と思い、俺はぎゅっと身体をすぼめてみた。すると、その掌が俺の意のままに握られるではないか。 「?これは……俺の、手?」 思った通りの声がまた出る。 俺ははっとして、ひとでである顔を撫でた。 しっかりとした凹凸があった。 地面を見る。俺に人の足ができている! 「シュカ」 俺は両の掌で自分の頬を挟み込むと、顔をあげた。 「俺は人の姿になってるのか?どうして……?」 この声も俺の声なのだ。その声は震えている。 どうして、と問われても答えようもあるまい、シュカはうみねこにぶつけた何かを拾いに俺から離れていた。 拾い上げたそれは丸々とした兎で、シュカはそれをそのまま、俺の大事なところに押し付けた。もさもさと兎が動き、全力で嫌がっているが、俺はそれによって自分がすっ裸なことにも気付かされる。 「にいには、おうち……」 「おうち?お山のおうちにいるのかい?」 隠してくれたシュカには申し訳ないが、噛みつかれでもしたら、ことだ、とひやひやしながら、俺は兎で前を隠しつつ、岩場の潮だまりを覗き込んでみた。 見たことのない、若い男の顔がそこにあった。
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