10人が本棚に入れています
本棚に追加
戦場のメリークリスマス
『戦場のメリークリスマス』(せんじょうのメリークリスマス、英: Merry Christmas, Mr. Lawrence、欧州公開時の外国語題: Furyo)は、大島渚が監督した映画作品である。
1942年、日本統治下にあるジャワ島レバクセンバタの日本軍俘虜収容所で、朝鮮人軍属のカネモトがオランダ人捕虜のデ・ヨンを犯す事件を起こす。日本語を解する俘虜の英国陸軍中佐ジョン・ロレンスは、ともに事件処理にあたった粗暴な軍曹ハラと奇妙な友情で結ばれていく。一方、ハラの上官で所長の陸軍大尉ヨノイは、日本軍の背後に空挺降下し、輸送隊を襲撃した末に俘虜となった陸軍少佐ジャック・セリアズを預かることになり、その反抗的な態度に悩まされながらも、彼に魅せられてゆく。
Wikipediaより引用
誰もが名前は聞いたことはあるのでは。特にテーマ曲については私もずっと前から知っていた。
そこまでどんな内容か知らず、とりあえず戦場でもクリスマスを祝うのかな、とか思っていた。クリスマス要素は正直そこまでない(南の島だし)し終始殺伐している。だがあえて言わせてもらうならこれは愛の物語だ。
ネタバレ込みで思いの丈を綴りたい。なお、色々な意見があると思うが私はヨノイとセリアズは恋愛感情があった、と思っている。その体で話をしたい。
まず私はヨノイ大尉という美貌の将校が好きでたまらない。
美しい。この世のものかと疑うレベルには美しい。軍服姿も袴姿もあまりに似合っている。気品があって正座の時の背筋が美しい。私は老いてからの坂本龍一しか知らなかったのでもうそれはもうすごく驚いた。
それだけでも好きなのにヨノイ大尉はどこまでも儚く、死に憑りつかれた人間だ。そんなお人が敵兵のセリアズに一目惚れし道ならぬ恋に落ち狂っていくのだ(語弊があるだろうか。ないはずだ)
ヨノイ大尉は二面性、というよりもペルソナが厚い……いや厚くはない。必死に覆い隠しているだけだ。軍人でいようと取り繕っているがセリアズに出会ってからヒビが入り始める。それに焦り軍人としての面を精一杯厚くし狂気に陥るわけだ。
それなのに!!!!!!!!それなのに行動はまったくペルソナの中身を隠せていない。セリアズの命を助けるし、毎晩、セリアズの寝顔を見に行くし、絨毯は差し入れるし、気になってしょうがないのだ。
ヨノイ大尉は自分が思う自分と本当の自分との乖離にひどく苦しんだのだろう。だから俘虜への対応が厳しくなるし、金本の切腹を命じた(金本とデヨンに関しては自分達をどこか重ねて見ていたのではないだろうか)
そして極めつけはセリアズのキスである。ずっと想い焦がれていた、けれど立場上絶対に相容れぬことのできぬ彼からの抱擁と接吻。刀を振り上げようとも何もできず失神するあの顔が良い。若干泣いているようにも見える。深い葛藤なんてもんじゃない。多分喜びだって混じっていたし、自分への怒りも混じっていただろう。本当は彼はあの場でセリアズを殺さなければいけなかったはずだ。できるはずがない。好きなんだから。キスされる前だったらペルソナに任せてセリアズを処刑できた気もするが、キスでペルソナはあの瞬間完全に剝がれている。その結果、ヨノイ大尉は更迭される。この場面の曲も良い。「Sowing The seed」セリアズは彼に種を撒いたのだ。
ヨノイ大尉が本当に大好きになってしまうのは、あの敬礼の場面だ。生き埋めになったセリアズを夜な夜な訪れ金髪を切り落とし持ち帰る。あの気品のある所作と敬礼のぴんとした背筋。金髪を切り落とすとき、セリアズへの慈しみがあふれている。撫でているようにも見える。ここはBLチックだ。敬礼のあの動作。立場を分かちながらも強く生きたセリアズへの敬意。ここはブロマンスだ。ヨノイ大尉が去った後、セリアズの顔に蛾が止まり飛び立っていく。その時セリアズが死んだことが示唆されるわけだが、感情の渦が……本当に、本当に……。トータルで見ても大好きな場面だ。
そして四年後、ハラとロレンスが語るラストシーン。ヨノイ大尉の死は語られるのみだ。それが非常に良かった。彼がまぼろしのように思えるから。まるでハラとロレンスが見た美しい男たちの夢ではなかったのか……そんな気分にもさせられる。スタンドバイミーのラストシーンのようでもある。そして私は太宰治の右大臣実朝のような余韻も感じた。ここでヨノイ大尉という神性が露わに……(ヨノイ大尉のモンペの戯言)とにかくヨノイ大尉はどこまでも儚いのだ。
純情で一途で不器用ゆえに壊れていくどこまでも儚い死に遅れた美貌の将校。なんて素晴らしいキャラクター造形なんだろうか……。
ついついヨノイ大尉だけでもこれだけ語ってしまった。そのぐらいにはヨノイ大尉が好きなのだ。さてセリアズについても語らなければいけない。
こちらも浮世離れした美しさである。序盤の裁判でセリアズを見たヨノイ大尉は一目惚れしている。もちろんそこから紡ぎだされる言葉も込みだが。傷の入った上半身をさらけ出すとヨノイ大尉は恥ずかしがって「しまえ!」と一喝。かわいい。どぎまぎしてしまったのだろう。私もどぎまぎした。
セリアズはどこまでもカリスマ性に溢れている。イギリス人らしい言葉遣いも魅力的だ。あの花を食べるシーン。「そうだ あんたに禍いを」カッコいい。これは惚れないわけにはいかない。
それからヨノイ大尉の絨毯へのキス。初見では気づけなかったが中々これも愛に溢れている。その直後、ヨノイ大尉にかかっていかないところも良いのだ。ロレンスに気に入られているようだな、と言われて何も言えないところも良い。このシーンはヤジマのヨノイへの思いが暴走したことがきっかけでもある。完全に嫉妬……じゃん……
こう見ると中々自由奔放な人物だがよくよく見てみるとやはりヨノイと同じく死に囚われている。弟への罪の意識。セリアズは死に場所を求めているようにも見える。ヨノイがセリアズに惹かれるのはそういった面もあったに違いない。
もちろん惹かれていたのはヨノイだけではない。セリアズだってヨノイに惹かれていたのだ。そうでなければ命を賭してヨノイのペルソナを割るキスをするわけがない(断言)あれは仲間を助けるという意味合い以上にヨノイに人間の尊厳を取り戻させるような意味合いが強い。映画史上最も美しいキスシーン。本当にそうだった。
デヴィッド・シルヴィアンが歌詞と歌を手掛け、サントラに収録されている「禁じられた色彩」も挙げてみたい。題名の元ネタは三島由紀夫の「禁色」であり歌詞はセリアズ視点だ。「My love wears forbidden colours」という歌詞でヘッドバンキングをしそうになった。禁じられた色彩というのは……つまりは同性愛でありセリアズがヨノイに向けた感情だ。
ロレンスとの会話で女性とのロマンスはないと言い切ったことからも薄々と察する。
そして金本とデヨンの関係性がヨノイとセリアズの関係を裏付けるものにもなると思う。金本が切腹する場面でデヨンは舌を噛み切って死ぬ。二人は相思相愛だった、ということに気づき口が開いて閉まらなかった。デヨンは金本を裏切った。けれど、切腹に苦しむ愛した人を見て正気で居られるはずがない。心中みたいだった。複雑で苦く、救いがない関係だ。この性愛も含んだ関係がヨノイとセリアズの一種のロマンスの前振りになっている。
時代が違えば、何かが違えば幸せになれたであろう二人を思っては涙ぐみそうになる。こんなに儚くて哀しい二人は初めて見た。きっと私はこの二人を忘れることは無いのだと思う。
ヨノイとセリアズの関係だけでこんな文字数になってしまったが他にも語りたいことは多い。ハラ軍曹は本当に良いキャラクターをしていた。俘虜への対応は厳しいが信心深く、そして何とも言えぬ愛嬌があった。怪演であり名演だった。そんなハラとロレンスの奇妙な友情は殺伐とした映画世界の中でもどこか和ませるものがあった。だからこそラストシーンでクるものがあった。
それからヨノイ大尉に想いを寄せる部下たちも印象的だった。先ほど述べたヤジマ。ヤジマはヨノイの異変に気付きセリアズの殺害未遂に至る。きっと恋慕に近かったんだろう。セリアズに奪われてしまうのは許せなかったんだろう。ヤジマは金本と比べて見てもわかるが切腹がスムーズすぎる。どれだけの思いをヨノイに寄せてたかと考えると……これはなかなか……。ロレンスに葬儀を荒らされたりと割と報われない子なのだ。それからセリアズのキスシーンでうわああああとキレていたイトウも相当感情が重そうだ。
日本軍側でヨノイ大尉への悪感情を持っている登場人物が見受けられないのは、やはりヨノイ大尉が気高く美しかったからではないかとつい思ってしまう。それにしたって魔性の男だな……ヨノイ大尉……
またヨノイ大尉の話をしてしまった。危ない。
とにかく戦場のメリークリスマスは良い。美しい。儚い。どうしようもない感情というのは良いものだ。正直ここまでハマるとは思っていなかったので動揺している。まさかこれほどヨノイ大尉に心を揺さぶられるとは。毎日戦メリのことを考えては嘆息することになるとは。四十年前の作品でありながら名作は確かに力を持っているものだ。
出会えて良かった。しばらくはアマプラで断片的に見返そうと思う。まだ興奮はやまない。
坂本龍一さんのご冥福をお祈りいたします。
おまけ
実は戦メリの前に「君の名前で僕を呼んで」を見ていた。坂本龍一の音楽がいくつか使われていて戦メリの曲も一曲あった。戦メリを見た後だと腑に落ちるところがある。
「君の名前で僕を呼んで」は北イタリアの大学院生の青年と17歳の少年の恋愛映画だ。とにかく風景が美しく生活が洒落ている。切なすぎるひと夏の恋で久しぶりにキュンキュンとかいう感情を思いだした。のだがあんまりにラストが苦すぎて四肢が爆裂するかと思った。戦メリとは別種類の切なさで別離なら死別の方が良い……私はね!
私のような人間が見ると四肢が爆裂するが、とにかく良い映画だったのは間違いない。吹き替えは入野自由と津田健次郎だしオススメだ。
最初のコメントを投稿しよう!