ブエノスアイレス

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ブエノスアイレス

レスリー・チャンが大好きだ。覇王別姫と男たちの挽歌しか見れていなかったけれど大好きだ。顔はもちろん美しい。それ以上に彼はチャーミングで小悪魔的だ。レスリーの顔は映っていないけれどとても好きな写真がある。パートナーの唐さんの手を引っ張って振り向きもしないレスリー。見た瞬間好きが溢れて、同時に辛くなった。 もう、レスリー・チャンはこの世のどこにもいないのだという思いだけが胸を貫く。けれど表現者の作品はいつまでも世に残るわけで、多分私はこれからレスリーと出会える。 ブエノスアイレスは衝撃だった。トニー・レオン演じるファイとレスリー・チャン演じるウィン。すれ違いばかりの男二人はブエノスアイレスでまたすれ違う。ウィンはズルい。典型的なクズ男でワガママでプロのヒモ男。ファイに甘え続けるがそれを許してしまうファイの甘さ。普通だったらイライラしそうなところをレスリーの異常なまでの妖艶さと顔の良さで押し切っている。めちゃくちゃハマり役だった。覇王別姫のレスリーはどこまでも純でそれが愛おしかった。けれどブエノスアイレスのレスリーも愛おしい。その小悪魔的な魅力で他の男と遊んだりするけれどいつも思っているのはファイのこと。ウィンが血だらけで帰ってきてファイに抱きしめてもらうあのシーンが大好きだ。庇護欲をかきたてられるようなキャラクター造形が素晴らしい。あんな風に求められたら「やり直し」てしまう。ウィンというキャラクターを絶妙なバランスで成り立たせ魅力的にしたレスリーが本当に偉大すぎる ファイも本当に良いキャラだ。ダメ男のyogiboと勝手に呼んでいる。どこまでもウィンを甘やかし、依存している。あまつさえパスポートまで奪ってしまう。面倒見がよくていつもウィンに振り回されてばかり。結局この二人の関係にコンマが打たれることはないのはファイが原因だ。ウィンのことしか考えていないし、結局再会を望んでる。バイト先の仲間のチャンにウィンの面影を求めてしまうのも切ない。あのチャンとのハグにどれだけ複雑な感情が含まれていたかと思うと……!!そう、チャンは本当に良い子だ。ウィンと対になるようなキャラクターで、サンダルを整える描写だとかが細かくてこの映画の良さが詰まっている。チャンがファイに録音機を渡して捨てたい願いを言うように促すシーンが良い。そこでファイが泣いてしまうのもぐっと来すぎて呼吸ができなかった。終盤のチャンのモノローグでファイが本当に願いを捨てられなかったことが分かるのもいい。チャンが何とも良い清涼剤になっている。 好きなシーンを挙げて言ったらキリがないがタンゴは特筆すべきだろう。狭いアパートで、キッチンで、男二人で踊るタンゴ。目がもげるぐらいロマンチック。あのタンゴなら一生見てられる。部屋でするタンゴ、もう少し見たいな〜って思ったところでキッチンでの熱烈なタンゴだったので監督はよくわかってる。何がいいってファイがキスしようとするのをウィンはかわして自分からキスを浴びせるところ。この辺でオーバーキルだった。勘弁してくれウォン・カーウァイ。 それから何がって音楽が良い。本当に洗練されたチョイス。冒頭のイグアスの滝に被さる『ククルクク・パロマ』には圧倒される。誰か体感温度が下がるような曲と言っていたのを思い出す。『Prologue Tango Apasionado』は哀愁を感じさせるタンゴ。陰鬱な響きを伴ってこの映画全体を象徴している。それを打ち破る『Happy Togather』は爽快すぎた。台湾の電飾の眩しさに彩られて心地好い爽快感でもって映画はエンドロールに入る。こんなに明るいのか!?と初めはHappy Togatherに面食らったもの、この曲があってこそのブエノスアイレスだった。きっとまたウィンとファイはやり直せる。あまりに前向きでハッピー。タートルズの原曲も聴いたけれどダニー・チャンのバージョンは原曲の倍は明るく激しい。それから『3 Amigos III』という少ししかかからないが良い曲がある。めちゃくちゃ良いのに調べても中々出てこなかったので大変だった。映画オリジナルのクンビアだ。 大体、印象に残る映画というのはエンドロールでボロ泣きしているものだ。覇王別姫なんて手の付けられないボロ泣きでボロボロになって劇場を飛び出した。ブエノスアイレスはからっとした気分で、けれど胸にせりあがるものが重く、これまで感じたことがない余韻だった。泣きはしない。けれどあまりに苦しく胸を締め付けるから。映画であんなに痺れてしまったのは初めてで、見た後すぐのメモではドラッグだ、と私は書いている。本当にくらくらしてしまったのだ。あの映画は現実に近いところでチューニングしているから、映画が終わってしまって突きつけられた現実が歪んで見えた。それどころか現実が映画の世界になってしまった。電車に乗って窓に私の顔が映る。それさえウォン・カーウァイの演出らしく感じた。くらくらに映画に酔いながら現実に戻れなくなり、結局3時まで起きて小説を書いた。 何がって、私は二人の恋愛を見に行ったのに一番印象的だったのが映像の美しさ。巧みなカメラワークと色調。都市を撮るのが異常なまでに上手い。この人が撮る香港を見たい、そう思うと胸の高鳴りが止まらなかった。 それから二人を普遍的な恋人同士として描いていたのがとてもよかった。どうしてもクィア作品というのはクィアであることが主題であり、それによって悲恋がもたらされるのものが多い。ウィンとファイは特殊なものではなく、男女のカップルと同じような描き方だったように思える。 とにかく、この作品に出逢えてよかった。もう二度と忘れることがない、大好きな映画だ。 どうしてもウォン・カーウァイの映像を思うとくらくらしてしまう。一種のドラッグの様なものだと思う。私は数日後、恋する惑星を見に行った。もともと気になっていたしあの人が撮る香港を視たかった。一つ懸念があるとすれば男女のラブストーリーであること! 私は男女のラブストーリーが苦手で、それゆえにカーウェイ作品に中々手を出せなかった。 期待は大いに裏切られる、というか、私の運命が確定してしまった。私はカーウェイ作品を見るために生まれてきたようだ。 恋する惑星はブエノスアイレス以上にストーリーらしいストーリーがなかった。それなのに飽きがこない。全然つまらなくない。とにかく映像がポップなのだ。それにヒロインが魅力的すぎた。金髪女にまず私は惚れる。レインコートとサングラスで身体を包み込んだ裏社会の女。煙草を吸う仕草が麗しい。モウとのストーリーはすごくお洒落だった。ポケベルっていい。ロマンチックだ。 彼らの物語でもうお腹がいっぱいだったのに、むしろ本番はここからだった。「夢のカルフォルニア」を爆音で流しながら上下に揺れるフェイ・ウォン。ベリーショートでタンクトップ。それから警官の制服を纏ったトニー・レオンがカッコよすぎる。色々と語るべきことがあるはずなのに私の頭はフェイ・ウォンで支配された。すべてがかわいすぎる。あんなにかわいい女の子がいてたまるか?世界一チャーミングなヒロイン。レオンを更新した瞬間だった。 やってることはヤバい。本当にヤバい。でもかわいい。かわいすぎてこまる。 ラストシーンのフェイは言うことなしにかわいい。スチュワーデスの制服のフェイ。ベリーショートじゃないけれどかわいい。すべてがかわいい。 カーウァイ作品における恋愛というのはヒロインを魅力的に撮る手段に過ぎないのだ!私はもうそこで惚れこんでしまい、帰りにパンフレットを買った。JPY1800。後悔はゼロだ。カーウァイに出逢ってしまった私に怖いものは無い。
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