谷くんは嘘つき、あと父

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 父は最後に私を抱きしめて、「愛しているよ、みちる」と囁いた。幼い私に合わせ、玄関の床に膝をついていた。  私はぽかんと口を開けて、何が起こっているのか分からないまま隣を見上げた。  見上げた先では、母が黙って腕を組んで立っていた。怒っているような、泣いているような、見たことのない顔だった。 「……お父さん?」  開け放たれた玄関から差し込んでくる光が眩しくて、父の表情はよく見えなかった。ただ微笑の気配だけを漂わせて、父はさっと膝を払って立ち上がった。 「お父さん!」  父が背を向ける。右手を上げている。まるで別れを告げるように。その背中は淡い光の中に消えていく。どれだけ叫んでももう振り返ることはない。  ――それが、父と私が離れ離れになった日の記憶だった。
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