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父との記憶は朧げだ。それでもよく笑う人だったのを覚えている。
時々、習い事の帰りに父が迎えに来てくれることがあった。私はスイミングスクールに通っていたのだ。
水を吸った水着やタオルを抱えて、外のベンチで父を待っていた。肌を刺す日差しがしっとり濡れた髪を焼いて、そうするとプールの臭いがむわりと漂ってちょっと嫌だった。
たいてい、父は笑顔でやって来た。灼かれたアスファルトから陽炎が立ちのぼって、父の姿がゆらゆらしていた。
父はベンチの隣にあるアイスの自販機を指差して、「アイスでも食べるか?」と聞く。私は顔を上げて、チョコチップのアイスをねだる。それは一番上にあって、私では手が届かなかった。父がボタンを押してくれて、私は取り出し口にゴトンと落ちてくるアイスを待っていた。
「お母さんには内緒だぞ」
と父は口元に指を立てる。悪戯っぽく目を細めて、かがみ込んで私と視線を合わせる。
「お父さんが怒られるからな」
私はこくこくと頷いて、アイスを舐める。暑さに溶ける前に、急いで。
冷たくて、甘い、そんな記憶だ。
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