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静也のおつかい
風が強い。温かい春の風。とは言ってもまだ気温自体はそこまで高くなく、ゾクゾクッ、という震えが時折体を襲う。
年度が変わり、俺たちも高校三年生となった。登校はまだ始まっていないが、ここ何日か、やけに緊張を感じる。
「もう俺らも受験生だよぉー」
まぁ言わずもがな、それが原因だ。
「呑気にこうお花見とかしてていいのかな、僕たち」
「いやむしろ、した方がいいだろ。日本人である以上、桜見ながら美味いもん食べるのを欠かしちゃいけん」
「たしかにせっかく地元にこんな場所があるんだもんね、勿体ないか」
桃色の木々に囲まれた芝生広場の片隅にゴザを広げ、翔と凛音はあぐらを掻きながら話している。立ちあがり、近くの桜を撮っていた俺——上原嶺生は、二人に向かって尋ねた。
「ねぇ、静也遅くない?」
今日一緒に花見に来た四人のうちの一人だ。
「駅ビルすぐそこなのにな。どしたんだろ」
「人多いのかな、丁度昼の一時だし」
んー、でも飲み物とお菓子買ってくるだけで三十分近くも……あ、
「あ、来た」
桜が両脇に林立する小路の奥の方に、パンパンのレジ袋を右手に持った静也が姿を現した。
「あいつどんだけ買ったんだよ。ちょ、俺貰ってくるわ」
俺がゴザに腰を下ろしたタイミングで翔は靴を履き、静也の元へ走っていく。本当に、どんだけ買ったんだ。2リットルのコーラだけは遠目からでも分かるが、なんかデカい箱みたいなものも入ってるぞ。デカい白い箱が、袋から飛び出ているぞ。
「お待たせ―。ごめん遅れちゃって」
翔と静也は袋をゴザの上に置き、靴を脱ぎ始めた。俺はそのとにかく目立つ白い箱を手に取り、表を返した。色鮮やかな写真と文字が目に入る。
『北海道産スイーツ詰め合わせ~春の特選スイーツ~』
……いやめちゃくちゃ美味しそうなのだが。
「地下のデパートで北海道フェアやってて、こういうオシャレなのもお花見に合うかなぁって思って」
箱を開けると、小分けされた様々なスイーツがそこには詰め込まれていた。
「このチーズケーキずっと僕が食べたかったやつだよぉ、静也くん、ナイス」
凛音のテンションが、いや、全員のテンションが一気に上がる。とりあえず俺はその袋からコーラと紙コップを取り出した。
「みんな、コーラ飲むよね?」
「おん」
「あい」
「うん」
もうみんなスイーツに夢中でこちらに目線すら寄こさない。
「……そうだ、あの、」
コップ四つにコーラを注ぎ終わった頃、静也が口を開いた。
「一応、お金の方を……」
「あぁそうか」
「てか一人で買わせに行かせちゃって悪かったな」
「いやぁ全然大丈夫よ」
で、一人いくら払えばいい?
「えーっとねぇ……」
静也が少し上を見ながら考える。
「一人、三百円かな」
安っ。
「安っ」
「安っ」
「…………」
沈黙が流れる中、また強風が吹いてゴザが飛びそうになったので、俺は急いでその端にコーラのペットボトルを横たえた。
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