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明かり
笑い声が響く。
教室は賑わっていた。そこには生徒が数十人に加えて、担任の男教師がいた。担任は若く、顔は真っ黒に日焼けしていた。机は全部後ろに下げてしまって、広くなった教室は、活気付いている。担任はその場を盛り上げたい一心で、皆に接していた。
二年A組はもうすぐ解散である。つまりもうすぐこのクラスは終わり、皆三年生になる。最後の記念にと、教室で凝った写真撮影を行おうとしていたのだ。
一人ずつが、それぞれ木でできた細長い、四角柱のブロックを床に立てていって、『2』という数字を形作ろうとする。倒してしまう生徒がいると、担任は嬉しそうに声を上げた。
「はい、やり直し」
皆どっと笑う。上手く立てられたものがいると、「上手い!」と担任は叫んだ。片手で一度にすっと置けるものが、上手なのだ。
なんとか八本のブロックを要して『2』の形が出来上がると、今度は立てた生徒らがその前に同じようにして『2』の形で並んで、「に!」と言って撮影を受け入れた。皆前方の人の肩に手を置いたり、体を引っ付き合わせたり、仲睦まじい様子であった。最後尾の男子は、前が女子であったためか遠慮して、しゃがんだ膝と胴の間に腕を組んでいたのであった。男子は写真の内、眼鏡の奥につぶらな瞳を一層丸くしていた。
続いて、『の』の形である。やっぱりこれも、賑やかにガチャガチャとやる。
「ビビりすぎやねん!」
「もうちょっと詰めて置け」
「よっしゃ、ナイス」などと声が飛ぶ。皆手を叩いて笑ったり、次の順番を確認したりと思い思いの様子であった。
先と同様にして今度は、「の」と言って写真を撮った。
「よし、次は『A』」と担任が言って、また一人がブロック片手に前へ進み出る。
「それはやばい」
「おお! めっちゃ上手い」
次に担任が、今の野球部の男子の置き方に苦言を呈して皆の笑いを掻っ攫おうとしたところ——どうやら放送が入った。
「みんな一回静かにして!」と担任は呼びかけて、人差し指を口の前に立てた。
——うないに、爆発物が——調査中です
「しっ!」
皆段々静かになった。
「『爆発物』って、言ってた?」
「えっ」という不穏な声があちこちで上がる。担任は、皆が取り乱してはならないと思って、努めて平静に振る舞う。
「そのあと、あんまりよく聞こえんかった。爆発物があるから、どうしろって……言ってた?」
健気な女子が言うには、「避難って言ってました」と。そこで担任は、「避難って言ってた?」と確認をとると、「よっしゃ。落ち着いて、一回みんな二列に並ぼうか」と指示を出す。一転、皆不安げな様子である。ただ、自分勝手に叫び出したり駆け出したりというような者はいなかった。
ガラと戸を開いて外へ出ると、廊下は窓から差し込む月光によってのみ照らし出されていた。彼らの他に、人の気配は無かった。
「非常階段から逃げます」と担任は言った。幸い、端の教室である分、階段には近かった。右に折れて、すぐそこに扉がある。——しかし、何故だか扉は開かない。
少々悲鳴が上がる。担任が方策を考えようと振り返った瞬間——もはや浮き足立ちかける皆を抑える間も無かった。音もなく爆炎が廊下の奥に覗いたかと思うと、みるみるうちに迫り来て、彼らは全く、炎の赤黄色に明るく、照らし出されたのである。
——が、ふと気がつくと元通り、彼らの賑やかな声が漏れ聞こえてくる。きっと二年A組、最後の別れを惜しんでいるのだ。ブロックを並べ、写真撮影をし、担任は生徒を楽しませるのに躍起になっている。黒焦げた校舎の端の、あの教室にだけいつも夜通し黄色い明かりが煌々と点いたり消えたりしているのは、その所為である。
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