栗木梓 -日常-

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栗木梓 -日常-

 足元を見つめる。  事故を起こさないために仕事をする機械に従い、みんな足を止める。なのに事故がなくならないのは、何でだろうとたまに考える。ああいう、『ちょっとなら』という甘えが原因なのだろうか。私には理解できない。  タバコは嫌いだ。路上喫煙禁止の地面の文字は、多分マンホールなんかと同じと思われている。仕事中なのに、何もしていないようにしか見られない。  同じ方向を歩いている人が吸っているのだと気づき、少し足早に前に出た。向かい風で良かった。  電車やバスを使えば、こんなくだらないことは考えなくて済むのかと、少し悩んでしまう。けれど、私にとってはそちらの方が死地だ。致し方ない。  少しおしゃれに見えるスニーカーで出勤する女性社員など、自分以外にあまり見ない。ヒールとか……そういうちゃんとしたのが多い。でも、そんな靴で1時間も歩いたら、その後の仕事に影響が出るのが明白だ。  気にする必要のないことを気にするのは、もうやめたい。けれど、やめたら辛いだけなんだって、これまでの人生が教えてくれている。  会議が難航し、内容にしては珍しい休憩時間が組まれた。こういう時間は、何をしていいのかもわからない。  仲の良い人同士で、家族の話、服の話、趣味の話。……会議の話も、ほんの少し。こうして時間を潰せたら、何か変わるのかもしれない。  ふと、1番近い席にいた人の肩に、糸くずを見つけた。  ……き、気になる。1度気づいたら、魔法のようにそれしか目に入らなくなってしまう。早く誰か気づいてください。……無理だ、こちら側にいるのは、私だけだ。  声をかけて、パッと取って、それでお終い。そのはずだ。けど、たったそれだけのことが、どれだけの勇気を必要とするか、知らないわけではない。  もたもたしている間に、視線に気づかれてしまった。注目される。 「栗木さん、どうかしましたか?」 「あ、いえ、その、肩に……」 「肩? あ、本当だ。ゴミがついてる。わざわざ教えてくれて、ありがとうございます」 「い、いえ……」  ああ、もう。プレゼンや仕事と言われれば切り替えられるのに、こういう自由時間は何でダメなのだろう。  耳の奥の嗤い声が、鳴り止まない。
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