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「ありがとうございました…!」
ふわっと琴子の前を通過し、成瀬に抱き着く。
「――――」
驚いて声も出ない琴子をよそに、女性は涙ながらに成瀬の肩口に顔を埋めた。
「あのまま気づかなかったらと思うと、私、怖くて……!」
尚も泣きじゃくる女性の肩をポンポンと叩くと、成瀬は優しく彼女を支えながら身を離した。
「無事でよかった。あなたも、お子さんも」
強調しながら言った成瀬の言葉にほんの少し残念そうにしながら、女性が微笑んだ。
「これ、もしよかったら―――。バイト先の店長が今日は休みをくれたので、さっき慌てて作ったんです」
言いながら白い箱の入った袋を掲げる。
「アップルパイです。パイシートで作った簡単なものなんですけど。風邪にはリンゴがいいかなって思って」
その言葉に、琴子は自分の切ったリンゴが入ったボールを、思わず背中に隠した。
「ーーありがとうございます」
成瀬はそれを受け取ると、一歩下がった。
「それではあちらで事情聴取がありますので。女性の警察官が対応するので安心してください」
言いながら浅倉にアイコンタクトをすると、頷いた彼女は、女性を廊下に連れ出した。
ドアが閉まり、また取調室には二人が残された。
「―――」
「―――」
琴子が、黙る成瀬を見上げる。
「確かに、美人でしたね…」
「そうだろ」
その言葉に軽くダメージを受ける。
「アップルパイ、いい匂いがしますね」
成瀬が視線だけでこちらを見下ろす。
「ーー好きならくれてやる」
言いながら本当に琴子の手に握らせてくる。
「え?壱道さんに作ってらしたのに!いいですよ!」
言いながら返そうとすると、
「他人が触ったものや作ったものは口に入れられない性分なんだ」
と、真顔で成瀬が言った。
「―――でも」
「俺は―――」
成瀬は、琴子の腕からボールを取りあげた。
「これでいい」
言いながら1つ掴むと、シャクッと口に入れた。
「それじゃあ、あとは頼んだぞ」
「え、帰っちゃうんですか?」
「コインランドリーに洗濯物を放置してるんだ」
言いながら鞄を取り、琴子の脇を抜けた成瀬は、廊下に出たところで振り返った。
「盗まれたら困る」
フッと笑い成瀬はドアを閉めた。
「ーーーもう……」
手にアップルパイを持たされた琴子の頬は、リンゴのように真っ赤に染まっていた。
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