4

4/4
前へ
/13ページ
次へ
「ありがとうございました…!」 ふわっと琴子の前を通過し、成瀬に抱き着く。 「――――」 驚いて声も出ない琴子をよそに、女性は涙ながらに成瀬の肩口に顔を埋めた。 「あのまま気づかなかったらと思うと、私、怖くて……!」 尚も泣きじゃくる女性の肩をポンポンと叩くと、成瀬は優しく彼女を支えながら身を離した。 「無事でよかった。あなたも、」 強調しながら言った成瀬の言葉にほんの少し残念そうにしながら、女性が微笑んだ。 「これ、もしよかったら―――。バイト先の店長が今日は休みをくれたので、さっき慌てて作ったんです」 言いながら白い箱の入った袋を掲げる。 「アップルパイです。パイシートで作った簡単なものなんですけど。風邪にはリンゴがいいかなって思って」 その言葉に、琴子は自分の切ったリンゴが入ったボールを、思わず背中に隠した。 「ーーありがとうございます」 成瀬はそれを受け取ると、一歩下がった。 「それではあちらで事情聴取がありますので。女性の警察官が対応するので安心してください」 言いながら浅倉にアイコンタクトをすると、頷いた彼女は、女性を廊下に連れ出した。 ドアが閉まり、また取調室には二人が残された。 「―――」 「―――」 琴子が、黙る成瀬を見上げる。 「確かに、美人でしたね…」 「そうだろ」 その言葉に軽くダメージを受ける。 「アップルパイ、いい匂いがしますね」 成瀬が視線だけでこちらを見下ろす。 「ーー好きならくれてやる」 言いながら本当に琴子の手に握らせてくる。 「え?壱道さんに作ってらしたのに!いいですよ!」 言いながら返そうとすると、 「他人が触ったものや作ったものは口に入れられない性分なんだ」 と、真顔で成瀬が言った。 「―――でも」 「俺は―――」 成瀬は、琴子の腕からボールを取りあげた。 「これでいい」 言いながら1つ掴むと、シャクッと口に入れた。 「それじゃあ、あとは頼んだぞ」 「え、帰っちゃうんですか?」 「コインランドリーに洗濯物を放置してるんだ」 言いながら鞄を取り、琴子の脇を抜けた成瀬は、廊下に出たところで振り返った。 「盗まれたら困る」 フッと笑い成瀬はドアを閉めた。 「ーーーもう……」 手にアップルパイを持たされた琴子の頬は、リンゴのように真っ赤に染まっていた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加