第6章 眞珂・イン・ザ・ローズカフェ

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パンケーキにもゼリーにもプリンにもホイップと薔薇の花びらは飾ることになってるし。洗って冷蔵庫に保存しておけば次のお客さんにも出せるから、とにかく五人分はすぐに用意できるようにしておこう。 それにしても。と食用の薔薇が植えてある一角にせかせかと足を運びながらつい余計なことを考えた。 実際に哉多が友達といるところをこの目で見るまで。奴のことをやたらと友人多いリア充なのをアピールしてくるちょっと変わった子かもと疑ってないこともなかった。本人は周りの子たちをみんな友達、って思ってるだけで本当の親しい相手とかは意外にいない、表面だけの調子のいいタイプかなと。もしかしたら意味なくやたらとへらへらしてるだけの少し痛い子なのかも。 だけど事実ちゃんと招待した友達がわざわざこんな僻地まで顔を出してくれて、あんな風に気安く楽しげに声をかけ合っちゃって。なんていうか、慣れたやり取りの息の合った感じからして付け焼き刃の適当な知り合いとは思えない。ほんとに気心の知れた友人に普段から囲まれて過ごしてて、それが当たり前の人たちなんだなぁと。 それがわたしに何か関係あるかっていうと全くそんなことない。あの子が大学でたくさんの友達といつも楽しく過ごしてたとしてその事実がわたしにダメージを与える要素はどう考えてもひとつも見当たらないし。 だけど何でか微妙に疲れた。理由は全然わからないがとにかく。なんとなく、あの場から距離を置きたいって何でか本能的に感じてついサンルームを出てきてしまった…。 わたしって、本当こういうとこ陰キャというか。なんか後ろ向きだなぁと今さらながらつくづく自覚しつつ丁寧に必要な分の花を摘んだ。甘い、いい香りがふわっと匂い立つ。…ちょっとはこれで気持ちを上げて。気を取り直してからまたお客さんの前に出なきゃ。 頭を軽く振って籠を抱えてカフェへと戻る道を急ぐ。ふわ、と何かが動く気配を感じてはっと頭上を見上げた。 四階の図書室の窓だ。開いた隙間から、レースの薄いカーテンが風ではためくように閃いている。 今、あそこに彼がいるのかな。わたしはつと足を止めて窓をしばし見つめてその中の情景に想いを馳せる。 だけど仕事中だし。ずっと彼に会えてないけどやっぱり今はあの部屋に行けない。秋季のカフェの営業期間が終わったらまた図書室に通えるかな。その時まだ彼は以前のようにあの場所に顔を出してくれるだろうか。 …塀の向こうから続く、新しく作ったカフェに連絡してる通路を近づいてくる賑やかなお喋り声に気づいてふと我に返った。どうやらバラ園にいた別のお客さまが。カフェも向こうにあるみたいよ〜、と声をかけ合いつつこちらの方へとがやがやと移動してるみたいだ。 それ自体別に何か問題あるってわけじゃない。哉多のご友人一行と合わせてそれだけの人数分のメニューをいっぺんに用意しなきゃ、と判断して急いでキッチンに戻ればいいだけのことだ。 だけど、急にそこでカーテンがはためくほどの隙間の空いたあの窓のことが気になった。 このいつにない賑やか過ぎるざわめきは。当然四階の高みにいる彼の耳までも自然と届いてることだろう。 一瞬足が止まり、聳え立つ旧い建物と辺り一面咲き乱れた薔薇の波をぐるりと見渡してしまった。…これら全ては当然、現能條家当主である彼のものであるはずなのに。 見知らぬ人たちが勝手に押し寄せてきて彼の私的な領域にずかずかと入り込んできてるこの状況。これは本当に彼が望んだことなのかな。 柘彦さんの静かな世界を不特定多数が侵入してくる騒がしさで毎日のように乱される。知らない人たちの談笑する声がひっきりなしに耳に届く。そんな状況。 カフェの中から聞こえる楽しげな会話や小径を接近してくる明るいはしゃぎ声。バラ園を公開して店を開くなら当たり前だったそんな全てのことが不意に胸に迫る。 …自分の家がこんな風になることについて。彼は本当に心から納得して受け入れてるんだろうか。 もしかしたら不承不承。いやそれとも下手したら、こうなることに同意も求められていないのでは? 茅乃さんは。彼の家を利用してお客さんを呼び込むことについて、彼自身をきちんと説得して理解してもらう手間をかけたのかな。事後承諾でこういうの開くことになったから。とか有無を言わせず押しつけて、柘彦さんの意思に構わず勝手な思い込みでずんずん突っ走っているんじゃないの…? 《第4話に続く》
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