第5章 心臓に毛の生えた少年

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「あんまり外に出る必要のある用事とかないので。でも、時々は買い出しのときとか澤野さんや茅乃さんの車に乗せてもらって同行してますから」 ショッピングモールとかに連れてってもらって、じゃあ何時にどこで集合ね。って感じで自由時間をもらうんだけど。 特に見たいものや欲しいものもなくて結局本屋さんばっかり行っちゃう。洋服も茅乃さんに買ってもらった真新しいのがいっぱいあるしなぁ…。 化粧とかもしないから日用消耗品もそんなに補充する必要ない。日焼け止めだけはさすがに絶対必須だからまあそれくらいかな。でもそれも、amazonでも別に手に入るし。 やっと目が慣れてきて表情がうっすらこちらからも窺えるように見えてきた彼は、距離感を感じさせない笑みをにっと浮かべてわたしの方を覗き込んだ。 「なんか、物欲とか探究心とか今いちぴんと来ない感じかぁ。だけどいつまでもそれじゃまずいでしょ。もっと世の中のこといっぱい知ってくべきだと思うよ。今日俺学校から直行だったから電車なんだけどさ。今度は車で来るから、そん時どっか連れてってあげるよ。だからそれまでにどこ行きたいか考えときなよ」 だから。行きたいとこなんか別にないって言ってんのに。もしかして全然相手の話聞いてない子?この人。 わたしがちょっと引き気味なのを察してか茅乃さんが、そこでぱんと音を立てて手のひらを合わせ介入してくれた。 「他人に余計なお節介はいいの。この子だって必要があれば自分で判断してちゃんと外に出ることだって全然出来る子なんだから。あんたが心配する筋合いじゃない。それにまさか、バイト始まったときここに車で来る気じゃないでしょうね?」 確かに今でもここの家の駐車場は、住み込んでる茅乃さん澤野さんと通いの常世田さん、それから不定期で通ってる家政婦さんや庭師の堤さんの車でぎちぎちにいっぱいだ。と考えてたら彼女が言いたいのは全然別のことだった。 「カフェが開いてる期間あんた、ここに住み込むって言ってたじゃん。部屋もひとつそのためにちゃんと準備してるのにさ。結局通いにするつもり?だけどあの車って叔父さんのでしょ。バイトの期間中ずっとここに置いとくわけにはいかないでしょうが」 「そりゃまあ。…だからさ、打ち合わせの時の話だよ。住み込んでる間はまあ。必要な場合にはかやちゃんの車を借りようかな、と」 「いや事故られたら保険きかないから。勝手なことしないで」 何だかお互い気安い雰囲気でぽんぽんやり取りしてる。そうか、さっきいっぺんにいろんなことごっちゃに伝えられて混乱しちゃったけど。確かその中で二人はいとこ同士なんだって情報もあったな。てことはもしかしたらこの子も柘彦さんと血縁関係になるのか? それにしてもみんないちいち苗字が違ってるのがまたわかりづらい。一体どんな風な繋がりになってるのか、説明もないので全く想像がつかない。家系図とかあればわかりやすいのに、とそこまでぼうっと考えてようやくそのやり取りの中身が頭に引っかかった。 「え、と。…カフェがオープンしてる期間はずっと、ここに住み込む。ってことですか?」 自分もつい最近ここに棲みついたただの居候だってことを忘れたわけじゃないけど。やっぱりよく知らない同年代の男の子が身近に住むってあんまりいい気分とは言いがたい、気が。 彼の方はわたしがどう受け止めようが特に気にはならないらしく、平然と手を伸ばして握手を求めてきた。 「そ。まあ今からじゃもうちょい先だけど、十月から一か月ちょっとの間よろしくね、えーと。マカちゃん、だっけ。どんな漢字書くの?真実の真に香り、とかかなぁ」 微妙に半分間違ってない。それにしてもこの距離の詰め方にどうしても押される。ナンパとか女好きとかそういう感じは意外に受けないから、多分男女関係なくこういう接し方の人って気がするけど。わたしが歳下で大人しそうでちょろいからやや舐められてる、ってことなのかもしれない。 茅乃さんが彼の後ろからぐい、と襟のあたりを掴んで容赦なく引っ張った。 「ちょっとは落ち着いてよ。あんたってとにかくやたらと先走り過ぎ、哉多。今が初対面なんだからさ、眞珂とは。そんな急にわあわあ言われたら普通の女の子は引くよ。もうちょっときちんと適切な距離置いて、丁寧に話したら?」 何だよいきなり、乱暴だなぁ。とぶちぶちぼやきつつ彼は喉の辺りを手のひらでさすりながら彼女の方を向いて言い返した。 「そうかぁ?俺の周りの女の子はみんなそんな細かいこと気にしないよ。どっちかって言うとマカちゃんの方が大人し過ぎなんじゃないかなぁ」 ふん、じゃああんたの周りがリア充かコミュ強者だらけってことだ。わたしはよく知らない相手とも即、難なくコミュニケーションが取れるほど人馴れしてはいないからさ。 と口にはせずにぶすっと心の中で言い返す。初対面の人と上手く喋れないのは自覚もあるし少しは自分でも気にしてる。そこを突かれたのでちょっと八つ当たり、かも。 茅乃さんは軽く彼の上体を脇に押しのけて、わたしに向けて済まないねといった顔つきで苦笑いを見せた。
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