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小学二年生の頃。
夏休み前の最後の登校日に俺はサッカークラブの練習をサボって当時よく一緒に遊んでいた彰人と放課後の校舎で居残りをしていた。
「学校のすぐ隣にスクラップ広場があるよね、色々あるから面白いんだよ」
彰人と帰り際にスクラップ場へ行った。他人の所有地だから見つかればかなり怒られる。それでも色んな廃品があって子供心はくすぐられた。
廃品の中でも一際大きなものがあった。
貯水槽だ。
錆びついた梯子を登ればそこは秘密基地。
彰人と二人で水の溜まっていない空の貯水槽の穴を覗き込んだ。
その時俺は足を滑らせた。肩を組んでいた彰人も引っ張られる形で二人して貯水槽の穴に落ちてしまった。
貯水槽の中は外の明るさで互いの顔が分かる程度の薄暗さだった。まるで洞窟にでもいるかのように、空気は重くひんやりとしていた。
最初は自分のドジを彰人と笑い合ったが、次第にこの状況が深刻な問題である事に気が付いた。
足を伸ばしても、飛び上がっても、ランドセルの上に立っても、穴のへりに手が届かない。
彰人を踏み台にして背中に乗っても貯水槽から出る事が出来なかった。
「どうしよう、出られなくなった」俺の青ざめた顔を見て、彰人は涙目になりながらも叫んだ。
「誰かーー! たすけてーーー!」
声は穴の中でこだまして、外までは響かない。
「司のせいだ! 秘密基地があるって言って、僕を誘ったから! 来なきゃよかった! おうちに帰してよ!」
彰人は俺を責めると肩をめいいっぱい握り拳で殴った。穴から見える空は茜色に染まり始めていて、もうすぐ日が暮れる。
同時に、夕暮れの時間を知らせる学校の鐘が鳴った。古びた校舎の鐘は少し音が歪で、それが二人の不安を煽ぐ不気味な音になって貯水槽に響いた。
「大丈夫だよ彰人! 泣くな! 明日になれば、ここのおじさんか、学校の先生たちが探してくれるよ!」
「何言ってんだよ!? 明日から夏休みだよ!! 誰も探しになんて来ないよ!!」
今思えば俺の考えは最悪だ。彰人の反応が正しい。
「俺らが帰らなかったらお母さんもお父さんもみんな、心配するから、探してくれるから、その時に大声で助けてって声出すんだよ!」
彰人に言い返そうとして母親や父親、姉たちの顔を思い浮かべていた俺は、自然と涙声になっていた。
穴から見える夕暮れの景色が沈み始め、貯水槽の中は明るさを失う度に暗闇が広がっていった。
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