みはとオレ、のこと

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みはとオレ、のこと

  ずっと、ずぅっと、追いかけていた背中がある。  オレ、坂元良哉(さかもと りょうや)が、そいつと並んで走っていられたのは出会ったころのほんの数か月のこと。  並んでいるつもりが抜かされて、気がついたらオレの前にいた。  あとはずっと背中を追いかけている。  福嶋海晴(ふくしま みはる)、という、同学年の男。  大きな歩幅で、ぐっと地面をけるキレイなストライド。  少し右腕でリズムをとる、くせのあるフォーム。  競技中のその姿はもちろん。  同じ大学に通うようになって一緒の時間をすごすようになってからは、ますますその背中を見ているような気がする。  それでもいい。  それで、いい。  凜とした、君の背中に、あこがれている。  ずっと、見ていたいと思うくらいに。  オレの立ち位置を説明しよう。  たとえば。  中学や高校の時のクラスでさ。  三十人クラスで、共学だから男子が約半分。  その十五人のうち、ものすごく誰が見ても人気者、とわかる華やかでクラスを引っ張っている奴がいて。  同じく、誰が見ても「いやちょっとお近づきになりたくないなぁ」、っていう暗かったりオタクっぽかったり いわゆる不良だったりするやつがやっぱり何人かいて。  そんで残りが平均点の平凡な奴。  その中でもホントに当時も卒業してからも、印象にも記憶にもほとんど残らないような。  同窓会で会った時に、「ん?」って、首を傾げられるような、平均ど真ん中。  そういうとこに、オレはいると思う。  中学高校のときだけじゃなくて。  それは大学に入った今も変わらない。  相も変わらず平均点ど真ん中で、箸にも棒にもかからずに周りに流されて浮き上がらないで、記憶にも残らないでぼんやりと過ごしてる。  特徴らしい特徴を探すとしたら、若干ボケ属性なとこだな、とは思ってる。  昔からちょっとぼんやりしてる、とよく言われた。  普通に真剣にやってるんだけど、なんかぽかんと抜けてるらしい。  だから、そういうとこ。  ありがたいのはそれで誰かに迷惑かけることも、誰かに嫌われることも、なかったってことだな。  大学で所属してる部活の方でも同じ。  中学高校と陸上競技にいそしんできて、大学では長距離を専門に走るようになった。  そこでも、平均点ど真ん中で目立たなくて、ボケ属性といわれてぼんやりしてるとこはそんなに変わるわけじゃなくて。  成績の記録をみれば、常にレギュラーに入るか入らないかのライン上……そしてぎりぎりで間違いなく落ちる、のがオレの定位置だ。  たとえば、本戦で三人走れるとしたら、予選での記録は四人目。  運が良ければ入れるし、まあ大抵は、当日に控えに回るって感じの。  駅伝でエントリーするなら、ほぼ間違いなく、補欠か給水係になる、そんな記録が俺の定位置。  だけどそれはしょうがないと思う。  プレッシャーにだってあんま強いほうじゃないし、痛いのはやだし人を押しのけるのも苦手だし。  陸上競技は走ってさえいればいいと思われがちだけど――まあ、そういう部分も無きにしも非ずだけど――長距離のスタートなんて意外とポジション争いで、走りながらなぐり合うみたいな、軽い格闘技状態だったりするんだ。  オレ、それが苦手。  成績争ったりすんのも、苦手。  そりゃあ、頑張った分成果が目に見えたほうが嬉しいのは当然。  ニンゲンだからね。  認めて欲しいと思うし、成績が良かった嬉しいよ。  だけど、それで人間関係こじれちゃうんだとしたら、そっちの方がなんだかなぁ、と思ってしまう。  つらつらそんなこと考えだすと、自分がやってる競技が陸上でよかったなぁって、本気で思う。  サッカーや野球やバスケや……他のもっと明らかに熾烈に成績やポジション争う競技だったら、続けてないと思う。  例え超俺様な先輩に 「お前マネージャーじゃねえだろ。給水係が本業じゃねーだろ。いつまでソコにいてんだよ。気合入れてレギュラーになれや」  って、ハッパかけられたとしても。  花形区間走るよりも給水係のほうが安心して頑張れちゃうんだから、もうこれはオレの性格としか言いようがない。  それがオレ。  ずっとずっとたくさんの平均の中に埋没してるのが個性だったから、注目を集めるのって慣れない。  応援もうれしいけど、それがほぼ間違いなくプレッシャーになる。  そんなこともあって走るのは好きだけど、大会とか競技会とか名前の付くのになると、てきめん弱い。  そんなオレが人に見つめられるってなかなか悪くないのかもしれないって、一瞬だけ気が迷ったことがある。  なぜだかオレに好意を寄せてくれる女の子がいたとき。  積極的な、クラスの中でも目立つ子だった。  好きって言われて嬉しくて、付き合ってって言われて舞い上がって、大事に大事に付き合った。  付き合い始めて手をつなぐまでに三日はかかった。  どうやったらいいんだろうとかタイミングがはかれないとか、なんかいろいろ考えちゃって、やっとできたのが 「手、つないでいい?」  って、下校の時に聞くことだったっていう、情けない話。  初キスもこれまた情けないことに、自分からすることはできずに、彼女からしかけられた。  でも、オレの感想は。  肉。  いや、人の唇なんだから、確かに肉なのは間違いないと思うんだけど。  なんだけど、正直なオレの初キスの感想は、それだったんだ。  ひどい感想で申し訳ないなって思うんだけどね。  むにゅっと押し付けられて、なんだかよくわかんなかった。  それでも。  唇だ! これキスだって! ちょっと待て俺キスされてるし! って気が付いたら、顔が熱くなったのは覚えてる。  そこがかわいいと、微笑まれた。 「坂元くんはホントに草食男子だよね」  そう言われて、多分、顔は真っ赤になってたと思う。  そんなオレを前にして、彼女は嬉しそうに笑ってた。  女の子にかわいいって言われてもなぁって思ったけど、彼女のほうが手馴れてて何とも言えない気分になった。  それでも、オレはオレなりに彼女を大事にしようって思ってた。  オレのことを好きだって言ってくれたから。  でも結局振られた。  つまらないって。  優しそうでふわふわと付き合って行けそうだと思ったけど、それがつまらなかったんだって。 「いくら良哉が草食系でも、ここまでキヨラカなお付き合いってどうなの? 私、そんなに魅力ない?」    なんて言われてしまったけど、じゃあ、オレはどうしたらよかったんだ?   っていうのが、正直なところ。  オレは彼女に誘われてたのか?  知らない間に目の前に据え膳がででんと置かれてあったってこと?  だったら言ってくれたってよかったのにって思うじゃないか。  オレ、これっぽっちも気がつかなかった。  女の子はわからない。  いや人間全般、そんなに簡単にわからないし、難しいなとは思うけど。  見つめられただけで思いを読み取るなんてできない。  視線はいろいろと含みがあるだろう。  キスをねだられてたり、その先すすめって言われてたり。  部活中なら期待やらプレッシャーだったり。  その他諸々いろんな気持ち。  慣れてるやつならそうでもないのかな、なんて思うけど、オレには解らない。  解らなかった。  だから、見つめられて嬉しかったのなんて、やっぱり一瞬の気の迷いだったんだなって思ったんだ。  こういうこと考えてる時点で、ちょっと変わってんのかもしんない、オレ。  だけどまあ、そんなんだから。  見つめられるよりは、見つめるほうがいい。  ずっと見ていられる方が、いいと思う。  で。  みは――福嶋海晴(ふくしま みはる)は、オレがずっと背中を見ている相手で、オレの親友だ。  オレの方だけがそう思ってるんじゃなかったら。  多分、親友。  っていうことにしとこうよ、しといて欲しいな、しておいてください、いろいろと追及しないで済むんならそういう方向でお願いします。  正直、いろいろと含むところもないこともないような気がするけど、そこは見なかったことにしておきたい。  だから、ざっくり親友でお願いします。  みはのことは、ずっと以前――記憶に間違いがなかったら多分中学くらい――から知っていた、と思う。  大学になるまで同じ学校になったことはなかったけど、オレもみはもずっと陸上競技をやってたから、地域の学校対抗戦とかブロック予選なんかでよく顔は合わせてた。  中学に入った時は特に専門競技決めないで、何でも挑戦してみようって学校が多いんだけど、学年が上がっていけば、絞られていく。  オレは完全に決めたのは大学に入ってからだけど、かなり早くから中長距離に絞っていってて、みはも同じ競技だったから、競技会では自然と何度も顔を合わせていたし、一緒のレースで走ってたりした。  正直なとこ中学高校のころから――っていうか、正直今よりそのころのほうが――みはには勝手に親近感持ってた。  学校違っても、人間関係の大体のとこって見てればわかるじゃん。  そのころは、みはもオレと大体おんなじ感じ――良くも悪くも人間関係平均点ど真ん中の、目立たないとこにいたから。  けど、大学生になった今、みははそんなにど真ん中ではない。  高校の後半で急にぐっと背が伸びて体もできていって、公式の記録もぐんぐんとよくなってった。  そうするとどっちかっていうと目立つ奴らに分類されるようになってって、今ではすっかり「もて男くん」だ。  本人は 「野郎といるほうがいい」  なんて、応援に来てる女の子たちや何かと一緒にいようとしたりアピってくる子たちに、フクザツな顔して見せたりもするけど。  恋愛より友情を大事にするイケメンには珍しいいい奴だ、って、大学に入ってからつるみだしたグループの中では言われてる。  大学は偶然同じになった。  偶然ていうか、同じ地域に住む同じ歳の同じ競技にいそしんでいる高校生が、地元で競技を続けられるっていう基準で大学を選んだら、選択肢が重なるのは必然だろっていう感じだけど。  同じ大学に入って、初めてちゃんとみはと話すようになった。  学部も一緒だしサークルも一緒だし。  なんてなったら一緒にいる時間が増えるのは当たり前。  同じような感じでサークルやら学部が一緒の奴らと自然発生的にグループになってる。  男女混合の気のいい奴らのなかに、みはもオレも混ざっている。  とはいっても、やっぱり、何となく女の子たちとメインで話すやつなんかは決まってて、女の子のほうにもパイプ役になってくれる子がいたりしての仲良しグループ。  みははどっちかっていうとパイプ役。  オレは何となく一緒にいる、金魚のフン的立場。  っていうことにしてるけど、ホントに何となく一緒にいるなんてそんな訳ないじゃん、でもそういうことにしておきたいんだよ、しておいてくれこんちくしょう、ってそんな感じで一緒にいる。  いろいろ言うやつも思うところもあるけど、とにかくみははいい奴で、オレの自慢の親友……って、言っていい、よな?  いっとこうぜ。  いっといてくれよ。  頼む、そう言わせといて。  そんな関係だ。
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