OPENING   みは語り

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OPENING   みは語り

  俺、福嶋海晴(ふくしま みはる)が、初めて彼を認識したのは、中学生のときだった。  今でも覚えている。  中学三年の、陸上大会。  一番得意だったはずの長距離で、予選落ちした。  他の競技では何とか本戦出場に引っかかったけど、よりによって一番得意な競技で、ってことに当時の俺はいらだった。  落ち込んだんじゃなくて。  何で。  あと一人抜けば、本戦に残れたのに。  もう少しだけでも、スパート早くかけてたら。  そんな悔しさがいらだちになって、俺は同じ中学の連中が集まってる場所から離れて、見られないとこで壁を蹴った。  悔しい。  これが中学最後の大会になるのに。  げしげしと壁に八つ当たりしてたら、不思議そうな声がした。 「なにやってんの、お前」 「え?」  通りかかって不思議そうな顔してる。  なにかあんの? と、俺の足元を覗き込んできたりした。  何もないのを見ると、ああ、と気がついたようにうなずいた。 「……まだ本戦残ってんだろ? そんなことしてて怪我したら、もったいないじゃん」  そういってこっちを見たのは、時々試合で一緒に走る、同じ学年の選手だった。  中学校名は思い出せる。  さっきも一緒のレースを走っていたってことも、覚えてる。  俺と同じくらいの、平均より少し小柄な身体つきで、いつもレース中だってことを忘れるくらいにのびのびと走る奴だなって思ってた。  でも、思い出せない名前。 「五千は惜しかったけど、千は本戦に残ってよかったじゃん。がんばれよ」  じゃあな、と手を振って走っていく背中のゼッケンナンバーを、慌てて覚えた。    坂元良哉(さかもと りょうや)。  あとから、プログラムを見て確かめた、それが彼の名前。    高校に上がっても坂元は陸上を続けていたようで、地元の大会ではほぼ必ずその姿を見ることができた。  いつも、誰かと一緒にいる奴だな、と思った。  常にチームメイトの誰かといて、構われて笑っている。  坂元のいるところは、どんな大会のどんなきつい成績の時でも、ピリピリしたムードになってない。  本人の成績はそんなにパッとしたものじゃない。  大抵あと一歩及ばず、そう言われるとこで終わっている。  でも大会には必ず、選手として――応援ではなく、たとえ補欠だとしてもグラウンドにいるほうの立場で参加していた。  何となくその采配もわかる。  坂元の周りはいつも人がいて、笑顔がある。  応援席じゃなくて、選手の近くに置いておきたいんだろうなって思った。  ムードメーカって意味で。  俺の周りは、成績としてはずいぶんとあいつの学校よりもいいのだと思う。  けど、全然雰囲気が違う。  少しでも、と上を望まれるいい成績。  高校の後半から身長が伸びて、身体ができるにつれて俺の成績も上がった。  上がればまた、求められる成績。    周りに集まる奴らも、変わってきた。  それがまた、俺をいらだたせる。  俺は変わってないのに。  中身は全然変わってないのに、何で、こんなに昔と違う対応をされるんだろう。  プレッシャーを押し付けるようにいい成績を求める奴も、媚びへつらう奴も、アクセサリーのようにまとわりつかれるのも、もうたくさんだ。  だから尚更。  あののほほんとした雰囲気と笑顔のある、あいつの学校が気になって、大会であいつを見かけるたびに、羨ましいなと思っていたんだ。  もっと、あいつを知りたい。  もっとあいつと親しくなりたい。  あいつの視界に入りたい。    あいつが。  坂元良哉が、欲しい。
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