弓張りの月

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 就職して三年目、商品のパッケージデザインをしていた僕は、同僚の提案や試作品に不満を持っていた。僕の方がずっといい作品を提案できる、そう思っていたが言葉にはできなかった。月子さんが課に異動してきたのは、そんな時だった。 「高岡(たかおか)課長、よろしくお願いします」 「よろしく」 その女性は髪はストレートで長く、細身で、派手ではないが質の良さそうなスーツを着ていた。  商品開発部との会議があった。 「新商品担当の中里です。今回はアロマディフューザーを企画します。ターゲットは三十歳代から四十歳代の、家事や仕事に疲れた女性です。蓄積した疲れを瓦解するアロマがコンセプトです。よろしくお願いします」 アロマか、市場は飽和状態だろう。新たな価値を付加するにはどうしたらいいのか。 「こちらは既存のディフューザーのデザイン分析です。おひとり一部ずつお取りください」 資料が回ってきた。見たことがあるデザインばかりだ。 「星野(ほしの)君、試作品のラフスケッチ頼むわね」 「わかりました」 僕は資料を手にした課長の手を見た。白く長い指。品のいい指輪(リング)を左手の薬指にしていた。 「素敵な指輪ですね」 「あらそう? ありがとう」 彼女は自分の左手を見た。程よい大きさのダイアモンドが銀の台の上で輝いている。 「透明に輝く宝石が好きなの。純真無垢な気がして。自分にないからかもね」 課長は小さく笑った。その手は使い込まれていたが、しっかり手入れをされていて、まるで銀のカトラリーのように美しく見えた。僕の作った指輪をはめてほしい、ふとそのとき思った。
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