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いつの間にか眠っていたようで、スマートフォンの着信音で目が覚めた。嘘つき病に罹ってから、わたしに電話をかけてくるような人はいなかった。まだ会社の人にも治ったことは報告していない。ということは。おそるおそる手に取ると、画面に表示されたのは広瀬の名前。
「はい、古川です」
『広瀬だけど。病気、治ったんだよな?』
「うん。広瀬も……治った?」
『治ったから電話してる』
よかった。ほんとうによかった。安心して、涙が流れる。いつものしょっぱい涙だ。
『だからさ、快気祝い、しようぜ』
「うん。する。しよう! いつにする?」
『じゃあ、今日の19時半。いつもの店で待ってる』
「うん。って、もう30分後じゃん。間に合うかな」
時計を確認して焦る。ずいぶんと眠っていたようだ。これから着替えて、化粧も直して。すぐに出ないと間に合わない。
『1分遅れるごとに串1本奢ってもらうから。じゃ、頑張れよ』
「ちょっと!」
一方的に電話は切られた。急いで出かける支度をする。いつもの焼き鳥屋だけど、少しくらいオシャレはしておきたい。
息を切らせながら店の扉をがらりと開けた。約束の19時半には残りわずか1分だった。いつものカウンター席に広瀬の姿を見つける。
「セーフ、だよね?」
「俺より遅いからアウト。1本だけで我慢してやる」
「そんなの聞いてない。ずるい」
文句を言いながら広瀬の隣に腰掛けた。いつものふたりに戻れたことに安心する。この数週間のブランクなんてなかったみたいに、他愛もない話をした。あっという間に楽しい時間は過ぎてしまう。
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