嫌い、嫌い、大好き

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「ただ、古川さんの涙の成分と広瀬さんの涙の成分は微妙に一致しませんでした。これもまた面白いことに、分子構造的に双方は鍵のようになっているのですよ」  医師の言わんとすることがよくわからず、首を傾げた。医師はペンを取り、さらさらと何かの絵を描き始めた。 「それぞれ単体では不完全でね。ふたつを組み合わせることで、ひとつの構造体になるんです。こうやって」  お土産屋さんにペアで売っているキーホルダーみたいだな、と思った。わたしと広瀬がペア。病気の関係ではなく、実際の関係もそうであればいいのに。 『じゃあ、わたしたちの涙を混ぜたら薬になったりしますか』 「その可能性はありますね。試してみますか?」  医師の問いかけに頷いた。可能性があるなら、それに賭けてみたい。その返事を見越していたように、医師は1本の試験管を取り出した。中の液体は、わたしが採取した状態と何ら変わりないように見える。 「広瀬の分、ありますか?」  もともとの量も少なかったから仕方ないが、あまりに微量のそれに思わず質問する。1日のうちで発声する機会がほとんどなくなっているからか、ずいぶんと(かす)れた声が出た。 「大丈夫です。とりあえずは数滴だけ口に含んでみましょうか」  医師は試験管の中の涙をスポイトで吸い取った。緊張しながら口をひらくと、舌の上にぽたりと液体が落とされたのを感じる。涙だから、しょっぱいだろうと思っていたのに、なぜかそれは甘くて優しい味がした。そういえば前に一瞬治ったとき、流れた涙が口の中に入ったことを思い出した。
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