コスメティック・シールド

1/6
前へ
/6ページ
次へ
 目の前の成瀬という男。  彫りの深い目はくっきりはっきりしているし、その睫毛も黒々としている。妬ましいほど滑らかな肌に毛穴など見えず、果たして髭が生えるのかも疑問だ。  そんなきれいな顔をしているのに、体は大きく、髪がたてがみのようで、ライオンみたいだなといつも思う。 「弘川、数字、俺読むぞ」 「うん」  成瀬が読み上げる数字をボールペンで実験ノートに記入していく。私は字がきれいではないので、役割は逆の方が良かったかも。  計測を終えて実験ノートを差し出すと、「字ぃきったねえな」と成瀬は文句を垂れながら書き写した。同感なので反論しない。  作業を終えて片付けると、それで授業は終わり。二人一組の実験班は解散だ。あとは各自レポートを出すだけ。 「ああ、レポート面倒だな。弘川、出来たら見せて」 「やだ」  冷たく言った私に笑った成瀬は、実験のために外していた腕時計を付け直している。左手の手首、甲のところにほくろがあるのが見えた。  私と成瀬は今学期、同じ実験班で一緒に実験をしている。他に接点はない。それだけだ。  成瀬は声の大きな友人たちといつも大人数でつるんでいる。一方の私はそれなりに大学生活を楽しんではいるけど、成瀬に比べると友達は少ないだろう。  初めて会った時から、成瀬は距離の近い男だった。同じ実験班になったとき、ほぼ初めて話すというのにあの男は「弘川、それはない」と引き気味に私の左手の甲に指差した。  その日、複数の新しい友人とSNSのIDを交換することになったのだが、私はスマホを家に忘れてきた。そのため、後で入力できるように左手の甲に新しい友人の個人情報をびっしり記していたのだ。  それがあの男の美意識的にナシだったようで、成瀬はノートの端をびりびり破ると私に差し出してきた。  違うのだ。紙は私だって持っていたけれど、それに書くと後で忘れるから、手に書いたのに。 「耳なし芳一みたいですげえ気持ち悪いからやめて」  そう言って成瀬は私に強引に個人情報を紙に書き写させて、手を洗えと命じた。案の定、個人情報の書かれた紙はポケットに入れたまま忘れ、洗濯されて散り散りになった。  なお、成瀬のIDはスマホに入っていない。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加