コスメティック・シールド

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 私は大学から電車で一時間かかる街に住んでいる。一人暮らしだ。本当はもっと大学に近いところに住みたかったけど、家賃が高い。  平日の二日と週末、昼から夜にかけて、私は家の近くのネカフェでバイトをしている。主に受付で、客にブースの案内をするのだ。  ここには様々な客が来る。本当にネットをしたり漫画を読みにきたりする人は半分くらい。勉強や仕事をしにきている人や、ただ休憩でずっと寝ている人、もちろんネカフェを転々として生活している人もいる。  その週末、私はいつも通り受付に立っていた。稼働率の高い週末夜、少し大きめのリュックを肩にかけた客が来店した。 「いらっしゃいませ、どのプランにいたしますか」  その客の顔を見もせずに尋ねた私だが、客は答えない。疑問に思って顔を上げると、そこには成瀬らしき男性が茫然として立っていた。  成瀬らしき、と思ったのには訳がある。目の前の人物はガタイが良く骨太で明らかに男の体をしており、洋服も男物だ。  しかしその一方、顔はフルメイクだった。  ブルーのシャドウ、睫毛は綺麗にカールされており、ほんのりオレンジチークにつやつやグロス、肌はキラキラしていた。そのため、一瞬認識が遅れたのだ。  が、間違いなく成瀬だった。会員証を出す左手首のほくろで確信した。  私は正直驚いたが、今は仕事中で、目の前の美しい成瀬は明らかに狼狽している。店員として、知らぬふりを通すことにした。  成瀬が震える指でプランを指差したので、ブース案内のカードと伝票を渡す。受け取った彼は一言も発さずに受付を通り過ぎた。 ♢ 「おい弘川、ちょっといいか」  般若のような顔をした成瀬に声をかけられたのは次の日だ。実験以外で話しかけられたのは初めて。  二人きりになると、先ほどまで般若だった成瀬は豆柴のように小さくなり、私に懇願してきた。 「頼む、昨日見たことは誰にも言わないでほしい……」 「は?」 「き、気付いてただろ、引いたよな」  引いたかどうかと問われて考えたが、特に引いてはいない。  昨夜の姿は、姿形は男なのに顔だけ女性らしいフルメイクで、なんだかちぐはぐだったので混乱しただけだ。 「驚きはしたけど……、コスプレのためのお客さんも来るし。成瀬もそうなのかなって。誰にも言ってないよ」  私がそう告げると成瀬は明らかにほっとして息をついた。  それから、聞いていないのに自分の性癖を暴露し始める。 「その、メイクが好きで……、女装したい訳じゃないんだけど」 「ああ、男服だったもんね」  彼の自白によると、成瀬はふらりと遠くの街に行き、適当なネカフェに入ってメイクをする。それで街を少しだけ歩き、今度は別のネカフェに行ってメイクを落として帰る、ということをしていると言った。 「おかしいとは思うんだけどやめられなくて……」  話す成瀬を見つめていて気付いた。  この男の肌がいつもつやつやなのは、もしかして。 「成瀬、普段からメイクしてる?」 「えっ!」  私の指摘にぱっと顔を赤らめた成瀬は手で顔を覆う。当たりだったようだ。 「……バレてる?」 「いや、今の話聞いて気付いただけで。どうりで、肌は毛穴も見えないし、お目々くっきりだと思った」  うううと成瀬は唸ったが、すぐに諦めたように肩を落とした。 「まあいいや、バレてしまったものは。実はあちこちのネカフェを探し回るのも大変だったんだ。これからは弘川のいる店を使うことにする」 「はあ」  それから成瀬は、メイク徘徊の際にはうちの店に来るようになった。
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