コスメティック・シールド

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 突然の大きな声に、驚いて手が止まる。 「ど、どうしたの、成瀬?」 「ごめん、びしょびしょできっとメイク落ちてる。点けないで……」  そのまま、成瀬はしゃがみ込んでしまったようだった。  いま、成瀬は「いつもの」成瀬だ。つまり、スーパーナチュラルメイクの。 「ごめん、本当おかしいのは分かってるんだけど、見られたくないんだ、ごめん……」  震える声で懇願する成瀬に、「素顔見るくらい大したことないじゃん」とはとても言えなかった。  成瀬は狭くて真っ暗の玄関で、ライオンみたいな大きな体を縮め、豆柴のように震えている。素顔を見られたくないがために。  私はそれを見て、哀れに、同時に怒りを感じた。  フランケンシュタインだとからかわれたと言っていたが、本当にただ、からかわれただけなんだろうか。実際のところは私には分からない。  分かっていることは、成瀬は善良な人間なのに、素顔を見られるだけのことに強く怯えている。そしてその原因は成瀬自身の不手際ではないのだ。  私は丸まった成瀬の背中を優しく叩いた。 「ここ入ってすぐ左側が洗面所とお風呂なのね。びしょ濡れだからシャワーを浴びな。電気のスイッチは外側だから、中に入って扉を閉めてから手だけ出して、電気を点けなよ」 「……でも、ごめん」 「私も寒いから早くしてくれる」  成瀬はぺたぺたと手探りで壁を伝いながら洗面所に入り、中から手を伸ばして電気を点けた。それから少ししてシャワーの水音がし、その音を聞いて私はほっと息をついた。  浴室を出てからもしばらくは洗面所にいたので、おそらくいつものスーパーナチュラルメイクを施していたんだろう。男物の服はないので、私はオーバーサイズのシャツを洗面所の前に放り、とりあえず着るように告げた。  それから成瀬と入れ替わって洗面所に入り、全ての服を洗濯乾燥機に突っ込んでお急ぎモードで回す。その頃には私も寒くなってきていたので、急いで熱いシャワーを浴びた。  シャワーから出ると、成瀬は狭い部屋で布に包まって床に座っていた。しょんぼりと体育座りをしている様子は子どものようだ。 「もう少ししたらあらかた乾くからさ。なにか飲む?」 「……本当ごめん、家主よりも先にシャワーを借り、洗濯までさせて、あげくメイクの間も待たせてしまい」  自分を責めるような成瀬の物言いに、私は先ほどの怒りが再燃した。別に、彼が謝るようなことがどこにあるのだ。 「あのさ、成瀬は素顔を人に見せられるようになりたくないの?」  私の声色に驚いたのか、たじろいだ成瀬の視線が泳ぐ。 「プールも汗かくスポーツも大変だよね。温泉も困る。これまでどうしてたのか知らないけど、好きな子とセックスするってなったらどうするの? 将来、家族ができたら? 家でもずっとメイクするの? 子どもにプール連れて行ってって言われたら? 困るよね。ああ、でも死ぬときは良いかもね。死化粧が不要だ」  一気に言い切ると、成瀬は一瞬ぽかんとしたが、すぐに瞳に強い力が灯った。 「なんだよ、俺の気持ちなんて知らないくせに」 「知らないよ。でも成瀬の眉の傷も、素顔を見せられなくなった原因も、それは成瀬のせいじゃない。なのに、成瀬が傷を負ってそれに囚われてるのって、腹立つ。報いを受けるのは原因になった奴らの方であるべきでしょ」 「はあ?」  成瀬は私の言いたいことが分からないようで、眉を寄せる。いま、その眉の傷は見た目には分からない。 「弘川、なにが言いたいの?」 「復讐だよ」 「ふくしゅう?」  私は頷いた。 「成瀬に心の傷を負わせたやつらに復讐だ」
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