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ふくしゅう、ともう一度繰り返した成瀬はまだ怪訝な顔をしている。
「父親は? いるの?」
「いや、もう死んだ」
「殺したの?」
「まさか」
諸悪の根源の父親がいないなら、復讐相手は成瀬をフランケンシュタインとからかった男だ。
「酷いあだ名をつけた同級生はどこに?」
「地元にいるけど……」
「じゃあそいつをフランケンシュタインにしてやろう」
成瀬は驚いて目を丸くした。
「本気か、そんな」
「成瀬って、殺人の復讐に燃える人に対して、殺された奴はそんなこと望んでないぞって諭すタイプ? 私は違う。大切な人が殺されたら間違いなく復讐するね。素顔で温泉に行きたくないの?」
成瀬はしばらく逡巡してから、小さな声で行きたい、と呟いた。
♢
それから日を改め、準備を整えた私たちは成瀬の地元の駅に集合した。フランケンシュタインにしてやる同級生を張るためだ。
私たちの計画はこうだ。
本当に傷を負わせると、犯罪になる。そこで、奴を捕まえて顔の至る所に油性マジックで傷跡を描いてやることにした。出来るだけ落ちにくいタイプのマジックだ。
それでフランケンシュタインになった奴に、成瀬が罵声を浴びせて、逃げる算段だ。
「弘川、本気?」
「当たり前じゃん」
目出し帽は目立つので、私たちはサングラスとマスクをつけていた。それでも怪しいかもしれないが。
周りは住宅街で、成瀬の実家も近くにあるという。その同級生はまだ実家にいることは分かっており、大学に行っているはず。私たちは奴が帰ってくるまで待つつもりだった。
奴の自宅が見える道の脇にレンタカーを止める。住宅街ということもあり、人通りは少ない。
運転席に座る成瀬は落ち着かないのか、ずっと貧乏揺すりをしていた。
時折、どうでもいい話をしながら待ち続けて三時間、成瀬の目がサングラスの奥で二人組の姿を捉えた。
「来た」
成瀬が指差す先には男女二人組。男の方は確かに同世代だ。あまり背は高くなく、中肉中背。マッシュルームカットの茶髪で、重い前髪の下で垂れ気味の目が笑っている。
その隣の女に目をやると、どう見ても、母親だった。男と同じ垂れ気味の目がそっくりだ。男よりもほんの少しだけ背は低く、にこにこと笑っている。
私は声も出せず、固まって二人を見た。
目の前の二人は、腕を組んでいた。
母親らしき女が、マッシュルームの同級生の腕に手を回し、密着している。母親は手ぶらで、マッシュルームは買い物袋を下げていた。
二人はなにが楽しいのか、辺りに聞こえるくらいの声で笑い、マッシュルームは母親を「ママ」と呼んだ。
あの男はママのことは大切にするくせに、怪我を負った成瀬には低俗なあだ名をつけたのだ。思春期だからって残酷すぎやしないか。
呆気に取られて凝視していると、親子は一軒家の自宅の扉を開けて中に入ってしまった。
私は動けなかった。
隣の成瀬を見ると、成瀬も同じだった。力が抜けたように運転席のハンドルに手をもたれ、二人が消えて行った家の方を見つめている。
私はなんだか、放心状態だった。
別の世界の人間を見ているようだった。
成瀬にトラウマを植え付けた酷い男は、きっと尖った男だろうと勝手に想像していた。「ママ」だなんて呼ぶマッシュルームではなく。
成瀬は、はああと大きくため息をついて、ハンドルにもたれかかった。額がクラクションに当たってしまい、プッと鳴る。
「なんか、違う世界の人間を見ているようで、やる気が削がれてしまった」
私が正直に言うと、成瀬はふっと笑みを漏らした。
「そうだな。本当に俺が気にしているだけで、あいつは昔のことなんてきっと覚えちゃいない」
私たちはテロリストになることは諦めた。
そしてそのままレンタカーでデパートに行き、あちこちのコスメブランドでBAさんにメイクしてもらうことにした。
私も、成瀬も。
♢
襲撃未遂以降も、成瀬はメイクをやめられなかった。スーパーナチュラルメイクも、フルメイク徘徊もだ。
素顔を晒すことはまだまだ出来ないだろう。プールも温泉も行けない。でも以前よりも、もっとメイクを前向きに追求しようとしているように見える。
私はたまに成瀬にメイクを教えてもらうようになった。
雷のあの日、成瀬が布に包まって座っていた場所に今度は私が座る。向かいに座った成瀬が私のまぶたに彩を塗るのだ。
「弘川はさ、ちゃんとやればきれいになれるよ。素材が良いから」
「お褒めの言葉はありがたいけど、忙しいから時短メイクを教えて」
私が正直にそう言うと、成瀬は呆れたように笑った。
今日も彼の肌はつやつやだ。
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