【 エピローグ: 神のまにまに 】

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【 エピローグ: 神のまにまに 】

「柚葉っ……! もう二度と、お前の手は離さない! くっ……、耳なんか聞こえなくてもいい……。話なんか出来なくてもいい……。だから、お願いだ! 俺と……、俺と一緒に生きてくれぇーーーーっ!!」  すると、彼女は伏せている顔を上げ、俺の瞳を見つめた。  そして、彼女の瞳からひとつ、ふたつ、みっつと涙が零れ落ち、キラキラと月夜に星屑のように散ってゆく。  その瞬間、俺の手を強く握り返す、彼女の手がそこにあった。 (「柚葉ちゃんを救ってあげて……」)  あの時、彼女はそう言った。  ふたりの大事なこと……。  あれは、決して夢なんかじゃない。  彼女が時を少しだけ戻してくれたんだ。  俺と柚葉のために……。  ――柚葉を屋上の真ん中まで連れて行き、そこでふたりはぺしゃんと座り込んだ。  俺は手話で柚葉にこう伝える。 「明日来るって、嘘をついて、悲しませてごめんよ。もう二度と、柚葉を離さない」  彼女も目を細めて涙を零しながら、頬に笑窪(えくぼ)を作り微笑むと、左手の甲を右手の手刀でポンと叩いて頭を下げた。  そして、ゆっくりと俺の胸の中へ体を預けた。  いつの間にか、辺りは徐々に明るくなっていき、眩しいほどの朝日が俺たちに顔を出してくれる。  ふたりで立ち上がり、その空を一緒に眺めた。  空には、大きさの違う雲がふたつ、まるで波に揺られるように、ゆらゆらと飛んでゆく。  そして、その雲は、やがて一つになり、遠くどこかへと冒険に出るように流れていった。  彼女の後ろで結んだ髪が、風に小さく揺れている。  しばらくして、どちらともなく、お互いの顔を向き合わせると、その朝日が彼女の頬をきれいな輝く朱色に染め上げていた。  俺が顔を近づけると、左手で唇を隠すように、びっくりした様子を見せる。  まだ、キスは彼女には、早いようだ。  でも、少しずつでいい。彼女との距離を近づけて行きたい。  もう、二度と……、後悔しないように……。  俺たちは隣同士で、もう一度この遠いきれいな空を眺めると、ひらひらと揺れている彼女の手をゆっくりとつかまえて、やさしくそっと握った。  ふたり並んで手を繋いだこの屋上に、温かいやわらかな春風がふわりと運ばれてくる。  遠くの方に、小さくなったあの雲がひとつ、微かに見えた……。 「つらつらと……、雲ノまにまに……か。昔の人って、こういうんだっけ……?」  俺が思わずそうつぶやき、指で文字を描くと、彼女は口元に手をやりながらクスッとし、今日一番の大きな笑顔を俺に見せてくれた。  もう二度と、離しはしない。  この大きな空をふたりで眺めながら……、  心の中で、彼女と……、  もう一人の彼女に……、  そう、誓ったんだ……。  ~恋ニたゆたふ、雲ノまにまに~ (了)
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