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【 第一話: 小さな嘘 】
その始まりは、俺がついた一つの小さな嘘からだった。
あの日、俺たちは高校の部活のメンバ男女五人で、軽い気持ちで山登りをしようとしていたんだ。
でも、俺たちが登ろうと計画していた山は、長野県にあるあの『御嶽山』。
親父の別荘がそこにあったこともあり、小さい頃からその山を何度も登っていた俺は、完全に知り尽くしているという気になっていた。
山に登ると言っても、あの『御嶽大噴火』があった場所に近いだけに、皆の中にも多少の不安はあった。だから、俺の小さい頃から知り尽くしている、いわば庭とも言える『御嶽古道』を登って、御嶽神社里宮や綺麗な『清滝』を巡る、往復4時間程度の軽いハイキングコースの計画だった。
俺の所属している部活というのは、『かるた部』。
以前は、何やら映画が流行って、一時期入部が殺到したらしいが、ここ数年でブームが去ったのか、部員が激減し、現在は俺たち三年生の五人だけとなっていた。
何とか今年は、部活の体裁は保ったが、俺たちの世代を最後に、来年おそらく廃部となる運命だろう。
それもあり、歴史に興味のある俺たちが、この神秘の山『御嶽山』に魅了されたのは、必然だったのかもしれない。
江戸時代中後期の修験者『普寛』が切り開いたという、この多くの石碑が立ち並ぶ情緒ある古の『御嶽古道』。
この何度も通った信仰心の篤い小さな古道を、俺たちは高校最後の思い出の場所として選んだ。
そして、登山の前日、親父の別荘にこの部活のメンバ五人で泊まり、明日の登山の話で盛り上がっていた。
「でも、『大樹』ん家は、本当金持ちだな~。こんな別荘なんかあるなんてさ~」
「あ、まあな……」
「いや、一度でいいから別荘っていうやつに、泊まりたかったんだよね~」
「明日の山登りも楽しみだな。この辺り熊もいるんだろ?」
「ああ、いるらしいぞ」
「きゃー、大樹ちゃん怖いーっ! なんつってね! はははははは……」
男メンバ4名は、呑気にはしゃいでいた。
でも、俺の彼女、『柚葉』だけは、不安を口にしていた。
「ヒロキ、明日、雨大丈夫かな?」
明日雨が降るかもしれないということは、事前に分かってはいた。
ただ、多少の雨が降っても、何度も通っているあの『御嶽古道』の清滝くらいだったら、何とかなると安易に考えていたんだ。
だから、俺は柚葉に、こんな小さな嘘を言ってしまった……。
「雨は大丈夫。三年生最後のイベントだから、明日は楽しもうぜ」
と……。
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