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店内はむせ返るような熱気、そして、麺を啜るズルズルッという響きに満ちている。
私の目の前にあるのは白い丼。その上に盛られているのは小山のような大量の茹でモヤシ。
その下には幾枚もの叉焼が見え隠れしている。
湯気と共に立ち昇って私の鼻孔を擽るのは力強い醤油、そして脂の香り。
決して嫌いな訳じゃない。
食欲が込み上げて来ない訳じゃない。
でも・・・
隣に座るその人の目の前にも、私と同じ一杯が供されている。
いや、麺の量は私ものよりも随分と多いのだろう。
その人は、肩の下まで伸ばしたベージュの髪の毛を頭の後ろで手早く結わえてポニーテールとし、そして、割り箸をその手に取る。
その瞳は何処か潤んでいるようにも見える。
彼女は小さく「頂きます」と呟いてから、茹でモヤシを、叉焼を、そしてその下に潜むゴワゴワとした麺を、次々とその口へと運んでいく。
ウットリしたような表情を浮かべながらそれらを頬張り、そして噛み締める。
歓喜が溢れ出さんばかりのその表情に一瞬見惚れた私だが、目の前の丼から立ち昇る、欲望を具現化したと言わんばかりの香りが容赦無く現実へと私を引き戻す。
割り箸を手に取り、左右に引っ張ってパキンと割る。その人と同様に、手を合わせてから「頂きます」と小さく呟き、茹でモヤシの山に挑みかかる。
何故、何故こんなことになってしまったのだろうと心中で悲しみの叫びを上げながら。
これは『夕飯前』なはずなのに。
決して『夕飯』などではないのに、と。
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